GEASS
背徳の少年をジョーカーは嗤う
少しだけスザク受的表現を匂わせる言葉があります。ご注意下さい(実際にこの中で何かあるわけではないです)
浮遊航空艦アヴァロン。正に動く要塞というか城。同じく本拠地が動くと言っても特派のトレーラーとは比べ物にならない。
「そんなにかしこまらないで。楽にしてくれていいんだよ。話がしたいと言ったのはこちらなのだから」
「………はぁ……」
始終笑みを絶やさないこのアヴァロンの主―――シュナイゼル殿下に言われるがまま、自分は今この機内の指令室にいる。
殿下の座る豪奢な椅子のちょうど正面、つまり僕の真後ろの巨大なスクリーンには疎界の町並みが映し出されている。
さっきまで僕たちのいた病院も見える。
「エリア11には中々来る機会がなくてね。残念だったのだけれど、まさかこんな形で叶うとは思わなかったよ」
少し高い位置にある椅子から見下ろされる。慣れてはいるが、やはり己の主と比べてしまう。彼はいつでも対等を好んだ。
「あの失礼ですが……お話とは?コーネリア総督にマルディーニ伯爵までいらっしゃらないのですが……」
どうせ嫌味と説教を受けるだけだ。だったらとっとと終わらせて早くルルーシュの所に戻りたい。
「二人を下がらせたのは、君が気まずい想いをすると思ったからだよ」
「……はぁ……」
気のない返事をするとシュナイゼル殿下は益々笑みを深くした。
「まぁ、とりあえず言いたいことは分かってると思うけど、僕はルルーシュを兄弟達の中で一番愛しているんだ」
「……はぁ……」
「そこで君にいい知らせがあるんだ」
「……はぁ……えっ?」
「ロイドッ!!」
「ロイドさんッ!!」
怒った声と困った声。女性二人にユニゾンしながら名を呼ばれたにも拘わらず、ロイドは辟易した顔で声の方へと体を向けた。
「あの〜お二人とも分かってますぅ?ここ病院」
「お前なんかに言われずとも分かっている!!だが今は緊急事態なんだ!!」
「そうですよ!!」
どうしてだろう。正論を言っているのは自分のはずなのにこの肩身の狭さ。ロイドは世界の不条理さを痛切に感じた。
「……で?何なんですか〜?一体」
「スザクくんがいないんです!!」
「枢木が兄上に捕まったんだ!!」
「「はぁ?」」
コーネリアの言葉に、今度はロイドとセシルが同時に首を捻った。
「どういうことです?それ」
「だからそのままの意味だ。話があると言われ、今二人はアヴァロンにいる」
「あぁ〜…本拠地まで連れていかれたってことですか」
「で、でもどうしてシュナイゼル殿下直々で?スザクくんは大丈夫なんでしょうか?」
セシルがすがる様にロイドを見上げる。
「大丈夫も何も……ねぇ?ルルーシュ殿下はシュナイゼル殿下のお気に入りだし?それ相応のことはあるんじゃない?」
さっとセシルの顔から血の気が失せた。
「だからそこでお前に頼みがあるんだ」
「……何で僕?」
「特派は兄上の直轄だろう?しかもお前は兄上とは士官学校の同期じゃないか」
「嫌ですよ〜。そう易々と金づるを手放すなんて出来ませんしぃ」
セシルがロイドをたしなめた。
「ではお前は自分の部下がどうなってもいいのか?」
「スザクくんなら大丈夫ですよ〜。それに……」
どうせ今更誰が何をしようが変わらない。
あの人は負ける戦はしない人なのだから。
これが皇族の威圧感というものなのだろうか。ある意味カリスマ性にも似た人を惹き付ける力と、人を超越したような存在感。
背中を嫌な汗が伝う。
ルルーシュやユフィ、それにコーネリア殿下ともレベルが違う。
僕はすでに蛇に睨まれた蛙の状態だった。
「君は随分と向上心に溢れた人間らしいね」
勝ち誇った笑み。捕食者の顔だ。
「そんなことはないですよ」
脳が何度も警鐘を鳴らす。この人を敵に回してはいけない。
「いやいや。母国を取り戻すために、占領国の軍に入るなんて相当な覚悟がないと無理だ。テロリスト達にも見習って欲しいものだね」
「買い被りすぎですよ殿下」
「一つ忠告しておこう。誉め言葉は素直に受け取っておくべきだよ枢木くん」
「…はい」
殿下の言葉が止まった。なるべく視線を合わせないように俯けていた顔を少し上げる。殿下はまるで品定めでもするように僕のことをじっと見ていた。
「あの……何か?」
眉間に皺を寄せ不快感を露にしながら尋ねる。
「…んっ…あぁ、何でもないんだ。嫌な想いをさせてしまったね。すまなかった」
「いえ……」
「まぁ、そういうわけで君をナイトオブラウンズに推薦しようと思うんだ」
「……は?」
耳を疑った。むしろ意味が分からなかった。
推薦?ナイトオブラウンズ?自分を?何を言っているんだこの人は。僕の思考は一旦停止してしまった。
「きっと君のことを聞いたら皇帝陛下も喜んで引き入れてくれると思うよ」
「ちょっ、ちょっと待って下さい!!話が全く分かりません!!」
てっきり今回の事件のお咎めかと思っていたのに、冗談とも本気ともつかない顔でこんな話……イレヴンを馬鹿にするのもいいけど、時と場所を考えて欲しい。
「どうやら君は勘違いをしているようだから言っておくけど、僕は冗談があまり好きじゃなくてね。もちろんこの話も本気だよ」
「尚更分かりません。自分は占領国の人間です。軍には所属していますが、立場くらい弁えています」
「心配要らない。ナイトオブラウンズには、完璧なブリタニア人ではない人もいるよ。年だって君より若い人もいれば、女性もいる。徹底した実力主義だからね。君とロイドのナイトメアだったら今いるラウンズにも充分引けを取らないでやれるんじゃないかな」
「いえ…あの……」
遠回しに言うと遠回しに返ってくる。このままでは埒が空かない。僕は意を決した。
「……どうして、今、自分を?」
尋ねると殿下はきょとんとした顔をした。
「さっきも言ったと思うんだけどな……君はどうやら向上心に溢れてる様だって」
「ですから……自分はそんな人間じゃありませんよ」
「そうか……僕はてっきり、君が軍の上層部の人間に取り入っている目的は偉くなるためだと思っていたんだけど……」
また思考が停止した。というより目の前が真っ白になって何が起こっているのか分からなくなった。
「随分と顔が広いようだね。エリア11にいた伯爵以上の階級の人間は大体君の顧客ってとこかな?ロイドは違うだろうけど。シンジュクゲットーにある店の人気NO.1だったらしいね。スゴいな。一体どういう技を使うとそんなに何人もの男を手玉に取れるんだろうね」
気付けばシュナイゼル殿下の顔が僕の眼前に迫っていた。頬に幾筋もの嫌な汗が伝う。
顎に指を添えられ、無理矢理上向かされる。本能が逃げろと叫ぶが、手足が思うように動かない。
「私も試してみたいが、残念ながらそちらの趣味は全くないんでね」
人好きのする笑みが一変、侮蔑を込めた人を見下す表情に変わった。
「ルルーシュには何もしていないとは思うけど、本当は君の様な穢らわしい人間が彼の傍にいることすら私には許しがたいんだ。ユフィが勝手に決めてしまうから、あの時は仕方なく諦めていたが、きちんと調べてみて良かったよ。君の経歴は何とも奇妙だね。情報化社会とはよく言うけど、人間の痕跡は必ず残る。気を付けた方がいい。それが他者に知られたくないものなら特に」
「………………」
「あぁちなみにこれは私が独自で調べたことだから、ユフィやルルーシュは知らないよ。まぁ僕より先に彼らが情報を得ている可能性もあるけどね」
確かにこんな人間が皇子の騎士だなんてマスコミに知れたら、笑い者になるのは僕ではなくルルーシュだ。殿下の言う通り早く彼の傍から離れた方がいいのかもしれない。もうこれ以上自分の存在で彼を傷付けたくない。
「君の様に自らの手で自らの父親を殺すような人物ならきっと皇帝陛下は大いに気に入って下さると思うよ」
突然の言葉に息を呑んだ。
頭がくらくらしてくる。
口角を上げ勝ち誇った笑みを見せる殿下の顔が、歪んだ視界に微かに映る。
足元が覚束ない。今すぐにでも座り込みたい衝動に駆られたが、残っている僅かな理性で何とか押し止めた。
「ブリタニアの皇族の中ではね、大して珍しくもないことなんだ。自らの父親である唯一皇帝陛下を殺し、自分がその座に収まる。だけど最近はそんなことも少ないからね。さすがに私もそこまでの度胸はないし」
言いたいことは山程ある。だが口からは嗚咽しか漏れてこない。
「そんなに驚いた顔しないでくれたまえ。少し調べれば分かることだよ。君の父親のそれまでの行動、そして日本の情勢……噛み合わないだろう?タカ派を治める為に自害だなんて」
「………………」
「さぁ、どうしようか。枢木准尉。君はまだルルーシュの傍に居続けるつもりかい?こんなにも穢れた君が」
深く深く言葉が胸に突き刺さる。
僕はゆっくりと膝を折り項垂れた。
Title by "水性の魚"
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