GEASS
それを器に酒は飲めれど (スザルル)
スザクが女装してオカマバーに勤めてるような小説です。苦手な方は回れ右をおすすめします。
ちなみにルルは普通の会社員です。
毎週金曜午前3時半。
静かにドアを開ける音が聞こえる。幼馴染みが来た音だ。
コーヒーが苦手な幼馴染みの為に、俺はいつも温かいココアを用意しておく。そのせいかいつの間にか俺の部屋には、コーヒーの瓶の隣にココアの瓶も常備されるようになった。
「おかえり」
週に一回。だけど必ずやって来る幼馴染みと、目を合わせる。
「……ただいま」
ハニカミながら笑う姿は、幼い時分から変わらない。
ただ気になることが一つだけ。いつもこいつの身体から、女性用の香水がきつく香ってくること。
幼馴染みとは高校までが一緒だった。
高校を卒業した途端、彼とは音信不通になりそれきりだった。
俺はそのことを大して気にもせず、順調に大学進学、そして某大手企業に就職。そのまま家を出てワンルームマンションを借り、気ままな一人暮らし……をしていた。ついこの間までは。
突然この幼馴染みは現れた。
いつかの金曜午前3時。
終電もないだろうから、とりあえず家に上げ話を聞いた。すると大学に入り直したのだと言った。
こんな時間まで遊び歩けるなんて、学生は気楽でいいなと言ってやった。まだまだ新入社員の俺などは、上司に毎日こき使われてばかりだった。
幼馴染は困ったように笑い、泊めてくれないかと俺に頼んできた。
こんな弱った子犬のような奴を、無碍にする訳にもいかず仕方なく一晩泊めてやった。そうしたら懐かれた。
まぁ元々気の置けない幼馴染だし、来るのは決まって金曜で、次の日は会社も休みだから、俺にとっても週一の楽しみとなってしまった。
「ルルーシュ!!ちょっと来てっ!!」
終業時間までに、何とか出来ることだけをやっておこうとパソコンと睨めっこしていると、部長に呼ばれた。
「なんですか?ミレイ部長?」
俺さえも尊敬する手腕を持つ、うちの部の誇る美人部長が笑顔で俺を手招きしている。
横に座る同期の友人が羨ましそうにこちらを見るが、出来ることなら変わってほしいくらいだ。
……あの人の笑顔に勝る怖いものなどない。この会社に入社して一番最初に学んだことはそれだ。
「今日の夜、暇?」
彼女の机の前に立つと、舐めるような視線を向けられた。
「えっ……あっ……」
「ちょっと、勘違いしないで!!取引先の人と軽く食事するだけよ。まぁ、うちの社を上手く売り込めればいいかなぁなんて邪な気持ちもちょっとあるけどね」
ちょっとどころじゃないだろう。
「あの……いつも言ってる通り、俺そういうの苦手なんですけど……」
「ダメよーいつまでも苦手なもの放っておいちゃ。苦手は克服しないと!!それに顔がいい子連れてった方が、向こうも喜ぶし。今日のはバリッバリのキャリアウーマンよ!上手くすれば逆タマよッ!!」
一人で気合の入っているミレイ部長を横目で見ながら、俺は静かに嘆息した。
逃げられないという自分の運命を自覚した。
……仕方ない。リヴァルも連れて行って、上手いことフォローしてもらおう。
自分の席の横に座る友人に目をやると、嬉しそうな笑顔を向けられた。
夜の繁華街というのはどうも苦手だ。いや、人込みは昼も夜も苦手だな。
俺は部長たちからは少し遅れを取りながら歩いていた。
煌びやかなネオン。喧騒や機械音。それに辺りに漂う酒の臭いと香水の香り。
酔いそうだ。痛みを訴えてきた頭を思わず押さえた。
「いらっしゃ〜い。お兄さん、寄ってかなーい?」
何処からか客引きの猫撫で声が聞こえてきた。
数ある声の中で、何故その声が俺に届いたのかは分からない。
ただ無意識に周囲を見回し、声の主を探した。
「おい、何やってんだよ。ルルーシュ」
少し先を歩いていたリヴァルが、こちらに駆け寄りながら声を掛けてきた。
俺の名が呼ばれたその瞬間、一人のホステスと目が合った。
可愛らしいピンクのミニドレスに身を包み、ストールを肩に掛け、長い茶色の巻き髪をアップにしている女性。
確実に何処かで見たことがある。
可愛い子だけど、俺の知り合いで、ホステスなんて………
そんなことを考えている内に、向こうが慌てて目を逸らした。
「スザクちゃん、ちょっと中のヘルプお願い」
「はっ、はい」
ビルの中から姿を現した中年……女性?に、返事をして、スザクと呼ばれたその人物はビルの中へと姿を消した。
「ス、ザク………?」
俺は呆然と呟いた。
「ん?お前顔色悪いぞ。大丈夫か、今日」
リヴァルが心配そうに顔を覗き込む。
「あ、あぁ………」
アレが、スザク、なのか?
その日の接待は大成功だった。
ストレスは成功で発散するタイプだからな。俺は。
だが家に帰った瞬間に、どっと疲れが出てきた。
ベッドに倒れこむと、壁に掛けられたカレンダーが目に入った。
忘れていた。今日は金曜日だった。
だがその日、スザクは現れなかった。
それから一ヶ月、スザクは一度も俺の家にやって来なかった。
メールも電話も寄こさず、また音信不通となってしまった。
俺は毎週、毎週、鍵は開けたままで、あいつが来るのをココアを作って待っていた。
今日も金曜日だ。
溜まった経済新聞を読みながら、来るかも分からない奴を俺は待っていた。
午前3時。微かにドアから音がした。
俺は急いでドアに駆け寄り、奴を迎えようとした。
しかし、玄関に人の姿はなかった。
「ス、ザ……ク?」
いないのか?いるはずだろう?」
「ルルーシュ………」
扉の向こうからか細い声がした。
「スザクッ!!」
俺は嬉しくてノブにすぐに手を掛けた。
「ダメッ!!待って。開けないで」
だがスザクが悲痛な声を上げながら制止を要求するので、俺は大人しくそれに従った。
「なぁ……スザク……」
「ごめん!!ルルーシュ」
奴は今度は俺の言葉を遮り、突然謝ってきた。
「目、合ったから絶対気付かれたと思ったんだ。しかもママさんにスザクって呼ばれちゃったし。内緒にしててゴメン!!実は僕、オカマバーで働いてるゲイなんだ……」
「…………」
「大学入り直したってのも嘘なんだ。ホントはあそこで働いてる。そのせいで家は追い出された。君の家に着たのは、やっぱり……君をそーいう風に見てたからかもしれない」
「…………」
「怒って、るよね?気持ち悪いよね?友達だと思ってたのに、そいつが……ホントは………」
「……そっか、お前からしてた女物の香水の匂いは、そのせいなんだな」
「へっ……?」
涙声で語る幼馴染の声を聞いて、合点がいった。納得も得心も。
「なぁ、スザク。俺は怒ってるよ」
出来るだけ優しい声で。俺は言葉を紡いだ。
「…………」
「何で怒ってるか、分かるか?」
「僕が、ゲイで、君のこと、そーいう風に見てたこと?」
「違う」
そんなことはどうでもいいんだ。
「お前が、俺に真実を教えてくれなかったことだ」
俺に全てを受け入れるだけの度量があるとは言い切れないが、自分の秘密を打ち明けられもしないなんて淋しいじゃないか。
たった二人の親友なのに。
「お前が今、俺に全てを教えてくれたから、俺は許すよ。お前を」
「ルルーシュ……」
きっとこいつはすごく悩んだ。悩んで悩んで悩み尽くした。
だけど俺はそれに気付けなかった。
「気付けなくて、ごめん……でも、今更そんなことぐらいでお前を嫌いになれるほど、軽い男じゃないんだ。俺は」
だからお前の前のこの扉。開く権利を俺にくれるか?
きっと涙でぐしゃぐしゃになった顔で、お前は飛び込んでくるんだろう。
マスカラもアイシャドウも落ち切った不細工な顔で。
だけど、しっかりと受け止めるから。
抱きしめて、お前の香水の匂いを嗅いで、その後で昔みたいにその癖毛をいっぱい撫でてやる。
どんなお前でも、お前だから。
Title by "ダボスへ"
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