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GEASS
君につながる回路






「ねぇ…ルルちゃん、あなたが大変なのはよぉく分かってるわ。だからあなたにどんな目的があろうと、ここに入ることを許可したのよ。でも、この前約束破ったでしょ?」

思わず、舌打ちを打ちたくなった。
インテリアを上品な調度品で統一されている部屋。
学校でこんな場所は一つしかない、そう理事長室だ。
この場には相応しくないだろう、眉間に皺を寄せている美女と、俺。

「…ゼロめ」

俺は苦々しくそう吐き捨てた。

「ん?何か言ったかにゃ?」

「いえ、何も」

俺がこの人に勝てるはずもないだろうに。

「それについては、先程も謝罪の意を表しました。ミレイ理事長。そろそろ行かないと、授業が始まってしまいます」

もうこれ以上ボロは出したくない。
どんな人物にだって、持ち前の弁論術で勝てる自信はあるが、この人はそういったところで勝てる相手ではない。
昔からよく知っていることだ。
ミレイ・アッシュフォードという人物は、人を言葉や生まれといったものでは決して見ない。
その人の本質を分析するのに、用いるだけであって、そこに重きを置かないのだ。
…まったく、嫌になるぐらい優秀な人物だ。

「大丈夫。今日の授業は2限からよ。安心して」

ニコリと微笑まれ、一度立ち上がった椅子に、もう一度座れと促される。

「………はい」

「うむ。なかなか聞き分けがよろしい」

俺はゆっくりと椅子に腰掛け、足を組んだ。

「…で、今度は何を尋問されたいのですか?」

「うーんと…回りくどい言い方は嫌いなの。直球にお尋ねするわ。この学校に入った目的を…ううん。この学校を選んだ目的を、今度こそちゃんと教えて」

ただ、昔お世話になったアッシュフォード家ってだけじゃないわよね?

「……」

「いいんじゃない?そろそろ教えてくれても。うちの家もさ、残念ながらあなたたちを完全に救えるほどの力は、もうないの。何とかナナリーだけは…病院にも通えて、元気に暮らせてるけど…これはもうとっくの昔からあなた一人の問題じゃないのよ。ちゃんと話して」

俺は下唇を噛みしめ、俯いた。
黙ることが、卑怯なことだとは分かっている。
だけど、これ以上この人を巻き込むわけには…

「私にもね、責任があるの。ここの生徒を護る責任が。人様の家の大切な子供を預かってるんだもの、当然でしょう?もちろんあなたも含めてね。もし、ここの生徒に危害が及ぶ可能性があるなら…私はそれを止めなくちゃいけない…それが誰であろうと。OK?」

多分、今、俺の目の前で優しく微笑んでいる人物は、すべてが分かっている。
すべて…というのは語弊があるか。
少なくとも、俺がもう嘘は吐かないということを信じている。
………お手上げだ。

「俺が、このアッシュフォード学園に入ったのは…」

俺は重い唇を開いた。






私立アッシュフォード学園。
日本においてもっとも敷居の高い教育機関と言っても過言ではない。
ここに通う生徒の大半は、どこぞのおぼっちゃまだったり、お嬢様だ。
親はIT関連企業の社長、アパレル関係企業の会長、テレビ局のトップ、銀行の頭取、大学病院院長、高級官僚…エトセトラ。
古くからの名門であるシュタットフェルト家、ヴァインベルグ家、アールストレイム家。
最近名を上げてきたフェネット家に、カルデモンド家、アインシュタイン家。
名を連ねるのは、どれも新聞やテレビでよく見かける名だ。
知らない者は、ほぼいないだろう。

「そう、君の家。枢木家を筆頭に」

ゼロの人差し指が、俺の眉間を小突いた。
痛い。

「さて、ここで質問だ。君はランペルージなんて家柄、聞いたことあるかな?」

…確かに考えてみれば、そんな家名聞いたこともない。
もし本当に有名な家なら、落ちぶれたにせよ、一度は耳にしたこともあるだろう。
まったくない…ということは…

「そうだ。私たちは君たちのような、お気楽お貴族様の生まれではない」

否定はしないが、いちいち癪に障る物言いをする男だ。

「そんな奴が何故こんな学校に?」

方法と、目的。両方の意味で。

「アッシュフォードが資金援助をしてくれた。わずかにな。昔から少々コネがあったのが幸いしたのだが、後はすべて私たちが自力で稼いだ金だ」

「合法的に?」

「汗水流して働いた金が、合法的でないと?」

やはり身体を売って、物好きな貴族から金を稼いでいたと考えるのが妥当だろう。
高校になってから身売りを始めたとして…一回せいぜい5,6万と考えると、まぁ今の時期に転入してくるには入学金も学費を一応払えるか。

「この学校を選んだのには、まぁ一重にアッシュフォードがバックにいるというのもあるが…」

「新規顧客の獲得か?」

「ご名答」

親を狙うよりも、これからその家を背負って立つ子供に手を出しておくわけか。
世間知らずなおぼっちゃまたちに。
それはまた建設的なご計画だこと。

「すべてルルーシュが、自分で選び決定した道だ。私は何も言わない。彼がお前にどんな感情を抱こうとな…」

その時初めて、ゼロが俺の顔を見て、淋しそうに微笑み、俺の名を告げた。
気付けば外はもうすっかり雨も止み、闇に覆われていた。







「枢木スザク」

ミレイはすっかり冷め切ったコーヒーを一口啜り、本日何度目かの溜息を吐いた。

「よりにもよって…」

そう呟きながら金庫に厳重に保管されている、生徒の個人情報の詰まったファイルを取り出した。
今時データはパソコンに入れておくのが常なのだろうが、預かっている子供の身分が身分なため、無駄な情報漏洩は避けたいというのが、彼女の心情なのだ。
ともすれば誘拐、人質、そういった犯罪に巻き込まれかねない子供たちだ。
いくら高校生とは言っても子供は子供。
大人の力なしでは、出来ることに限りがある。
彼女の脳裏に、大人の力を振り切り、子供たちだけの力で大きな計画を成そうとしている少年の顔が浮かんだ。

「いくら背伸びしたってさ…まだまだ子供なのに…」

頼ることを知らない子供が、もしかしたら一番可哀相なのかもしれない。
それは今、彼女の手元の資料に名が書かれている少年も同じこと。

「ふむ…欠席、早退、遅刻、欠課の数が異様ね。中学の頃はそれほど素行も悪くなかったみたいだけど…学力面も大分落ちてるわね」

こりゃ大学行く気ないなこいつと、ミレイは苦笑いを零した。
すべての教科が追試をギリギリ免れるラインで、評価されている。
ミレイはもう一度、黒髪の少年と目の前の資料にある茶髪の少年を思い浮かべた。

「世が世なら…ううん。出会いが違えば、きっと仲良くなれたと思うんだけどなぁ…」






「枢木スザク」

ルルーシュは毒々しげにその名を吐いた。
あいつのような現状を受け入れるだけで、のうのうと生きていられるような奴は大嫌いだ。
抗わずとも、生を貪ることが可能な人種がこの世に存在するなんて、考えただけで寒気がする。
俺は抗うことを止めない。
諦めてしまえば、それすなわち死に繋がるからだ。
所詮温室育ちのおぼっちゃまの癖に…
…なんで、俺と同じ目をしているんだ。
ルルーシュは、廊下の壁を思い切り拳で叩き、呟いた。
昨日の雨とは打って変わって、日の光が燦々と廊下を照らしていた。
ギリギリで入った教室に、枢木スザクの姿はなかった。






「そろそろ私は帰るとするよ」

ガタンと音を立てて、ゼロは立ち上がった。

「おや、もうこんな時間か」

ゼロは腕時計を見、わざとらしく驚いて見せた。
結局、聞きたいことの半分も聞けなかった気がする。
弁論術に長ける人間は、とても厄介な人種だと改めて思い知らされた。

「…お前、どこまで行くんだ?」

「…駅、だが?」

「なんだ一緒か」

俺はもう一度、落とした鞄を拾い上げた。

「送ってくれるのか?」

「あぁ」

俺の答えに、ゼロは些か戸惑った様に目を泳がせた。

「だって今日は迎えの車もないんだろ?ピザ女さんも来ていないようだしな」

窓から見える校門には、いや、外には人影が一つもなかった。

「悪いが、私には夜道を男と共に歩く趣味はない」

「俺だってねぇよ。ただ、視界が悪い奴に、暗い道を一人で歩けって言うほど、落ちぶれてはいない」

そう言って、素直じゃないゼロの右目を、片手で覆った。

「…なんのつもりだ?」

ゼロの左目が、俺を捉えた。
若干ルルーシュよりも、彼自身の右目よりも赤みがかった紫をしていた。
オッドアイなのかもしれない。

「今、お前には何も見えていないんじゃないか?」

返事がなかった。
赤紫の瞳に、俺が映っているのは確かなのだろうが、それをこいつが見えているかは別問題だ。

「…何故、分かった?」

「野生の勘だ」

フッと鼻で笑われた。
ただ視力が落ちているだけかと思ったが、よもや失明しているとは、見抜いた俺の方が驚きだった。

「元々、目になんらかの異常を来たしやすい家系なんだよ。遺伝だろうな。妹は両目が見えない上に、足も不自由なんだ」

ルルーシュには、言わないでくれ。
そう俯いたゼロが、小さく呟いた。

「知らないのか?」

「あぁ。元々視力が悪いのは知っているが、見えなくなったことは知らない。気付かれないよう、今までも充分な配慮をしてきたつもりだ」

だからこそ、彼はあの汚い商売を一人で背負っている。
五体満足である自分が、家族を支えねばならないと、そう思い込んでいる。

「これ以上、ルルーシュの重荷にはなりたくない」

悲痛に顔を歪め、言葉を紡ぐゼロを見て、俺は彼の右目を塞いでいた手を離した。
重荷…だと?

「お前ら一家は自己犠牲に酔いしれることが趣味なのか?」

愛する家族のためだと?
反吐が出る。
結局、自分を大切にしない奴に、他人の心なんか護れないんだよ。

「イライラしてきた。早く帰るぞ」

ゼロの右手を乱暴に引っ張り、俺たちは教室を後にした。
ゼロが後ろで喚いていたが、聞こえない振りをした。
今まで、こいつらを見ると必ず感じていた怒りの正体が分かったような気がする。
それは、自分の身を嘆く自嘲的な笑みではなく…
自分を省みないその行動、行為。
誰かのため、それがこいつらを突き動かしているのは分かるが、それが本当にその誰かを救っているのか。
結局、こいつらの手には何も残らないんじゃないのか。

「おい」

「うるさいな。少しは黙れゼロ・ランペルージ」

「枢木スザク。ルルーシュを泣かせたら、ただじゃおかないからな」

「はぁ?」

「彼は随分と君にご執心なようだからね。一応」

この時の俺は、言外に含まれる意味を理解できるほど、現状を把握しきれていなかった。

「奴は俺で遊んでいるだけだ」

星が瞬いている。
明日は晴れるだろう。

「…それだけだ」





Title by "F'"

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