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GEASS
緋色の月には語らない






雨が、降っている。
強くもなく、だからと言って傘がないのは割と辛い。
そんないやらしい天気だ。
窓の外をぼんやりと眺めながら、俺はそう思った。
無駄に早く起きてしまって、無意味に学校にも早く来てしまって、なのに屋上に出ることもできず、俺は仕方なく教室の自分の席に空気のように居座っていた。

「雨、午後から本降りだって」

ふいに声を掛けられ、俺は驚きながら声の方に顔を向けた。前の席に見える真っ赤な残像。

「カレンか……早いな」

「あんたに言われたくないわよ。そっちこそどうしたの?いつも遅刻ギリギリか、堂々と遅刻してくるくせに」

呆れた顔でこちらを見る紅月カレンは、俺に話しかける数少ない友人の一人だ。
いや、友人と言うのは語弊がある。
腐れ縁だ。あくまでも。
ただ中学の頃から一緒で、お互いよく知っているというだけだ。
彼女は雨による湿気のせいで、ストレートにした髪の毛が、持って生まれた強力な癖毛により外ハネするのを、必死に手で押さえながら椅子に座り、こちらを向いた。

「色々あるんだよ」

「へぇー…色々で男を目で追ってたら苦労しないわね」

相変わらず嫌な所だけ見てる女だ。
嫌悪感を剥き出しにして睨み上げるが、カレンは何処吹く風といった様子だ。
真っ黒な、男にしては少し長い髪。
後ろ髪が跳ねているのはわざとか否か。
教室の前方で、クラスの男子たちとさして仲良くもないだろうに談笑しているルルーシュを、先程から俺は目で追っていた。
長い手足を持て余しているようにも見える立ち姿に、奴ならモデルでも何でもして、真っ当に金を稼げるだろうになどと考えを巡らせていた。

「まぁ確かに男にしとくのは勿体無いくらいきれいだって、女の私も思うわよ。でもね、スザク…いくら彼女がいないからって…」

「うるさいな。そんなんじゃない」

「ふーん。別にどうでもいいけどね。あんただって黙ってればモテるんだし、彼女の一人や二人作っちゃえばいいのに」

それが女子の発言か?と思わず問いかけたくなるくらい、サバサバとした彼女の物言いは、楽だった。
いや、決して付き合おうなんてことはお互い思わないが。

「彼女ねぇ…」

唇に残る奴の薄いそれの感触を、思い出してしまった。
気色悪い。男なのに。

「最近作らないじゃない。中学の頃なんて何人も女の子泣かしてた癖に」

「…面倒くさいのは、嫌いなんだ」

女は厄介だ。
子供でも作られたらそれこそ面倒だし。
そりゃあたまに、女の柔らかい身体の感触が恋しくなる時もある。
でもなんだか…今は…






奴には…表に出れない事情があるのだろうか。
だが俺はそこまで知る権利も、ましてや知ろうなどと思うほどの他人への興味も持ち合わせていない。
裏で生きてきた人間が、表に出ることは不可能ではないが、相当な困難を強いるだろう。
俺自身の父親を見る限りでも、いつ夜中後ろから刺されてもおかしくない状態に陥るのは、明白だ。
奴がどんな仕事をしてるのかなんて、俺にでも想像がつく。

「……ス…ク」

身体が揺らされた。

「ん…?」

閉じられた瞼をそっと開ける。
目の前に、ずっと俺の脳内の思考を独占していた人物がいた。

「おはよう。枢木くん」

嫌な笑みだ。
教室に誰もいないということは、つまりまた放課後まで寝ていたということか。

「…おはよう。ランペルージくん」

俺は奴に負けない、能面の様な笑みで微笑んだ。
奴のただでさえ大きな瞳が、より大きくなった。

「そんな風に笑えることもあるんですね」

「まるで初めて見たような口振りだな」

「初めてですから」

「前にも笑ってやったはずだが?偽者くん」

俺は上目遣いに奴を見た。
さて、どうでるか…

「…野生の勘か?」

意外なほどあっさりと、奴は本性を現した。
そう、今目の前にいるのはルルーシュ・ランペルージではない。
顔も、声も、身体の造りもそっくりな、別の人間だ。

「失礼だな…お前を見ていればすぐに分かる」

「ほぉ…愛故に?」

ルルーシュに輪をかけた不遜な態度で、そいつはカレンの席に腰掛けた。
そして値踏みするように、もう一度俺の顔を覗き込んだ。

「黙れ。お前、左目の視力相当悪いだろ」

優雅に足を組む姿は、ルルーシュ同様気持ち悪いぐらいきれいだった。

「反応が遅れていたか?」

「いや、逆に左から人が話しかけてきたときの方が、反応が素早かった。気配だけで察知していたんだろ、無意識に」

奴の唇が、どんどんへの字に曲がっていくのが、実に興味深かった。
ルルーシュもこうやって、怒るのだろうか。

「やはり野生の勘ではないか」

「違う。洞察力に優れた人間による、優秀な状況分析だ」

「確かに人の反応スピードの違いなんて、普通の人間には分からないな。感服するよ、野生児くん」

口の減らない奴だな。
負けず嫌いなのか。そのうえプライドも高い。
どこかの誰かにそっくりだ。

「で、奴はどうしたんだ?やばいことに首突っ込んで、帰って来れなくなったのか?」

「おや、気になるのかい?」

新しい玩具を手に入れた子供のような目。
そう表現するのが相応しいか。
ころころ変わるこいつの表情は、ルルーシュとは造作は同じでも、やはり違うものだということを感じさせる。

「あぁ気になるね」

こいつに取り繕っても仕方ないと思ったから、正直に言った。

「やはり君は、面白い男だ」

「やはり…って、あの女が言ってたのか?」

「あの女?」

「緑色の髪の女。この前迎えに来てた」

俺のことを知っていると言える、こいつの関係者は、ルルーシュとあの女くらいだろう。
果たしてあの女がこちらに気付いていたかは、定かではないが。

「…あいつめ…あれだけ表には出るなと言ったのに、こんな一般人に見られるなんて…」

苦々し気に奴は吐き捨てた。
どんだけ危険人物なんだ、あの女。

「まぁいい。あのピザ女のことは忘れろ」

ピザ女?
俺は首を傾げたが、もうこれ以上言及しても仕方なさそうだ。

「ルルーシュは無事だ。ただ今日は学校に来られる状態ではない。だが理事長と学校には毎日通学するという、面倒な約束をしているらしくてな。仕方なく私が代わりに来たというわけだ。他には?」

一気に奴は捲くし立てた。
余程ピザ女の件で疲れたらしい。

「お前は何者だ?」

「おや、浮気かい?」

「言いたくないならいい」

諦めが早い。よく人にはそう言われるが、自分はただ無駄なことが嫌いなだけだ。

「君は最初の印象とは、全く違う人物のようだね。弱そうなのに強そうで、強そうに見えるのに弱いね」

「人間を一つの言葉で、言い表せられるわけがないだろ。俺は至って普通の人間だ」

「馬鹿に見えて、気の利いたことが言えるじゃないか」

鼻唄でも歌いそうなほど、奴の顔は嬉々としていた。
笑顔が一番面倒だ。
人間の持つ最大の武器だから。
心が読めない。考えも全て。
その仮面の内に隠して。
俺はこういう「大人」みたいな奴が大嫌いだ。

「もういい。帰る」

俺は鞄を持って立ち上がった。
その右腕を、ぐっと強い力で掴まれ、バランスを崩した。

「オイッ!!」

「私の名はゼロ・ランペルージ。ルルーシュの双子の兄だ」

そして、唇から伝わる、あたたかな体温。

…なんなんだよ、ちくしょう。






Titele by "F'"

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