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GEASS
ひどく馬鹿げた伏線に賭ける






「お帰りなさい、兄さん」

自宅の重々しい扉を開けると、漂うはずのない食事の香りと、聞こえるはずのない柔らかな声音。

「ロロッ…どうしてここへ?」

帰ってきた途端、お玉を持ったまま抱きついてきた弟を見て、俺は目を丸くする。

「私が許可したんだよ、ルルーシュ」

ぽてぽてと、まるでそんな擬音が付きそうな、ゆっくりとした足取りで、リビングの扉から姿を現したのは、

「C.C.…」

緑髪の女。通称魔女。
思わず舌打ちしたくなったのを、必死で堪える。
今日は厄日だ。
ミレイ理事長には呼び出され、C.C.も余計なまねをしてくれるし…

「お前がそろそろ弟シックになったかと思ってな」

「黙れ。お前がロロの料理を食べたかっただけだろう」

「ルルーシュもゼロも、最近学校や仕事に感けて、私のことをお座なりにしていたろう?知ってるか?兎は淋しいと死んでしまうんだ」

何が兎だ。
相変わらず面倒な女だ。

「食事ぐらい、自分で作ればいいだろう。いつもいつも俺たちに任せてないで」

「おやおや、これだから童貞坊やは。知らないのか?やれば出来る子なんだぞ。私は」

ふふんと自慢げに鼻で笑う様が、憎たらしくて仕方がない。
いけない、頭が痛くなってきた。
この女のペースに巻き込まれてはいけない。

「ご、ごめんなさい。兄さん…」

俺の腰に腕を回したまま、桃色のエプロンを身に付けたロロが静かに声を出した。
少し低い位置にある、栗色の髪が懐かしさと、愛おしさ…それと同時に罪悪感を思い出させた。

「お前は悪くないよ、ロロ。来てくれて嬉しい。ありがとう」

俺はゆっくりとその頭を撫でた。
柔らかい癖毛。
俺やゼロとは違う、その優しい髪色と質は、今は傍に入られない大事な妹と同じものだ。
性格の表れだと、昔ゼロと笑ったことがある。

「兄さんッ!!」

ロロが俺に回す腕に力を込めた。
暫く合わないうちに、俺よりも鍛えたのではなかろうか?…少し痛い。

「甘えん坊だなぁ…ロロは」

この時間が…永遠に続けば…

「おい。茶番は結構だが…鍋が吹き零れそうだぞ、ロロ」

俺は全身全霊を込めて、憎たらしい魔女を睨み付けた。

「そんなに見つめるな…照れる」

馬鹿がッ!!!!






「ごめんね、時間がなくてただのカレーなんだけど…」

「お前が作るものなら何でも美味しいよ、ロロ」

はにかみながら笑う顔が初々しくて、可愛くて堪らない。

「あっ、でも、兄さんの好きなプリン買っておいたよ」

「ありがとう、ロロ。本当にお前は気が利く…」

「もう少しスパイスが効いていた方が、私好みだがな」

俺の言葉を遮ったのは、他の誰でもない、C.C.だ。
俺は隣に座る奴を、ギロリと睨み付けた。
効果がないことなんて、予め承知の上だ。

「C.C.…今更お前の行動をとやかく言うのは無意味なのかもしれないが、敢えて聞こう。何故ここにいる?」

C.C.がカレーを頬張ったまま答えようとしたので、飲み込んでから喋ろと一喝した。
本来の年齢こそ知らないが、母さんと知り合いだったんだ、俺たちより年上のはずだろうに…
見た目も俺と同い年かそれより下、精神年齢も幼すぎる。
だからこそ魔女なのかもしれないが…怖くて聞いたことがない。
こいつについては深くを尋ねないことが、母が生きていた頃からの、ランペルージ家の暗黙のルールだ。

「ゼロは中華連邦にいるはずだろう?何故お前だけがここにいる?」

「黎星刻とか言ったか?気に入られてしまってな…」

ロロの注いだ水を啜りながら、C.C.はそう言った。

「ゼロが?」

あいつは基本会談専門。
ならば話の馬が合ったということか。
若手ベンチャー企業の社長という印象しかなかったが、ゼロと話の会う奴とは…中々の知略の持ち主、いや策略家か?

「底意地の悪い奴だよ、きっと」

「黙れ魔女。お前ほどではない」

で、相手にしてもらえなくて単身日本に帰って来たというわけか。
俺は内心ほくそ笑んでいた。
この女、相当悔しい思いをしたに違いない。

「悔しくなんかないぞ、今頃泣いて騒いで私を探しているのは向こうの方だろうからな」

人の心を読むなとか、言いたいことはたくさんあったが…それよりも聞き捨てならない語が含まれていた気が…

「探して…?」

「まさか、C.C.さん。ゼロ兄さんに連絡しないで日本に戻って来たんですか?」

C.C.に二杯目の水を注いでいたロロが、恐る恐る尋ねた。
「そうだが?」

「今すぐ連絡してこいッ!!!!!」

あぁ敢えて言おう。今日は厄日だ。






C.C.に携帯を押し付け、俺とロロはもう一度食事を再開させた。
あの女のせいでまったく味が分からなかった。

「冷めちゃったかな?もう一回よそる?」

「ううん。大丈夫だよ、ロロ。お前も気を遣ってばかりいないで、食べなさい」

優しく前の席を勧めると、ロロは微笑みながら席に着いた。
四人がけのテーブル。
母さんと、ゼロと、ロロと、俺、そして、車椅子のナナリー。
彼女のために段差の少ない家にリフォームされている。
そう、この家には家族のささやかだが、幸せだった日々が詰まっている。

「美味しいな」

「ありがとう」

誰かと食事を共にするのが、久しぶりというわけではない。
食事の後、事に及びたがる紳士の皮を被った奴などいくらでもいる。
だが自分の家で、家族の手料理で、そして向かい合って座りながら食べる食事とは比べ物にならない。
どんな高級ホテルのフランス料理のフルコースだろうと。

「ところでロロ。俺がいつまでも、お前がここにいる理由を尋ねないとでも思っていたのか?」

ビクリとロロの肩が震えた。

「大丈夫。ゼロには黙っておくから。言ってごらん、正直に」

ロロには才能があった。音楽の。
だからその才能を伸ばしてもらうため、全寮制の音楽系の学校に入れた。
一つには、俺たちのしている汚い仕事を知られたくないというのもあるが、ロロには人並みの幸せを、自分の生まれを嘆くような人生を歩んで欲しくなかったからだ。

「ヴィレッタ先生…だっけ?担任の。この前もお前のこと褒めてたぞ。優秀だって。ゼロの喜び様は気持ち悪いぐらいで…」

「……いくら褒められたって…兄さんたちと一緒に暮らせないんじゃ…意味がないよ」

ぽつりとロロが呟いたが、その声は小さすぎて俺にはよく聞こえなかった。

「ん?」

「ううん。なんでもない。今度ね、留学の話が来てるの」

「すごいじゃないか!!」

「うん。パリに半年交換留学生として行かないかって。もちろんうちは家の事情が事情だから、ほとんどお金は学校側が負担してくれるらしくて…」

「やったじゃないか!!是非行くべきだ!!」

その時の俺は、嬉しさと誇らしさで気が付かなかった。
やはり子供は親なんかには縛られない。
子供自身の力で、人生を変えられるんだと喜びに満ち溢れていた。
そう、ロロの瞳が淋しそうに揺らいだことを。

「うん。そう言うと思った。だからもう承諾したんだ。しかも来週からで…急すぎるよね…ハハ」

「いや、そんなことはない。お前の才能を伸ばすいいチャンスだ。存分に勉強してこい」

「うん。ありがとう兄さん」






「まったく…お前という男は本当にデリカシーというものが欠けているな」

「は?」

ロロが寮に無事帰り、食器の片づけをしていると、持参したぬいぐるみを抱えたC.C.がキッチンに現れた。

「家族団欒の場の邪魔をすることは、デリカシーに欠けるとは言わないのか?」

「そして超が付くほどの鈍感ときている。もう少し人の心の機微に目を配れ」

何が言いたいのはまったく持って分からない。
俺は蛇口を捻り、流れる水を止め、タオルで手を拭いた。

「お前たちのやろうとしていることに、口を挟む気はないが、ただこのままだと、自分たちの行いで自分たちの首を絞めることになるぞ」

偉そうに、物事を達観して…観察者を気取っていいご身分だな。
何も知らないくせに。

「言いたいことがあるなら、はっきりと言ったらどうだ?」

俺がそう言うと、C.C.が盛大に溜息を吐いた。

「ロロが、何でわざわざここに出向いたか…本当に分からないのか?」

「は?だから交換留学の件だろ」

「それだけなら電話でも済むだろう。わざわざ寮を出て、電車を乗り継いでここまで来る必要はない」

確かに言われてみればそうだ。
では何故?

「お前は本当に自分のことしか見ていないな」

「何?」

「引き止めて欲しかったんだよ」

は?何を言っているこの女。
引き止めるって…すでに交換留学の件は承諾したと…

「才能があるから寮に入れ。そう言ってロロは家を出された。だが考えてもみろ。この家で一番家族離れが出来ていないのは、あいつだ。まぁ、ゼロとルルーシュも大概だがな」

「ちょっと待て。俺たちはロロのことを思って…」

あいつが幸せになれるようにと。
せめて自分を悲観せずに、前向きに、人並みの幸せぐらい味わわせてやろうと…

「それがエゴだと言っている。善意の押し付けは、相手にとっては苦痛でしかない」

ロロにとっては、家族みんなで過ごすことが幸せで。
一人で海外に行くことなんて、不安で淋しくて苦しいのに。
俺とゼロが、それを望むから。
俺たちの喜ぶ顔が見たいから…
だから今まで我侭も、文句も、何一つ言わず…

「だって、全部兄さん達が僕のためを想ってしてくれたことだから」

C.C.がロロの声に似せて、そう言った。
足元が崩れる感覚がした。

「遠くのものしかみていないから、近くのものが見えなくなった…仕方のないことだよ、ルルーシュ。人間とはそういう生き物だ。お前だけが責められるのは筋違いだ」

ロロとナナリーとゼロと俺と…俺たち家族がまた幸せに暮らせればと願って、今まで生きてきた。
そう、そのためなら自分の身などどうなろうとも…
だが、そんなこと望まれてなどいなかっただと!?
何を馬鹿なことをこの女ッ!!

「ふざけるなッ!!!!」

間違っているのは分かっている。
この女を責めたところで仕方がない。
だが、このどうしようもない怒りはどこへぶつければいいと言うんだ?
C.C.が哀しそうに微笑んでいた。

「…悪かったよ。言い過ぎた。そうだな…確かに今更こんな話をしたところで、お前たちに引き返す道はないものな」

それだけ言って、C.C.はキッチンを後にした。
引き止めたかったが、言葉が出なかった。
差し出した右手だけが、虚しく舞った。
頭痛がする。






「仕事か?」

リビングで、さして面白くも無さそうなテレビを見ていたC.C.が俺に問うた。

「あぁ」

お互い目を合わせなかった。

「明日には、私も中華連邦に戻る」

「そうか」

「ロロのこと、ゼロにも私から言っておこうか?」

それはC.C.なりの優しさなのかもしれなかった。

「いや…必要ない。さっき俺から連絡を入れておいた。ロロにも…」

謝った。
時間が出来たら、必ずお前の演奏を聴きに行くからと。

「そうか…」

C.C.は優しく微笑んだ。

「優しいな…お前たちは」

そう魔女が呟いたのが聞こえ、ふんと鼻で笑ってやった。

「今日は誰とだ?」
「ヴァインベルグ家のおぼっちゃまだ」

「それはそれは…まぁ、脂ぎった親父よりはましかな?」

「そうだな」

まさかあの体格で年下だとは、思ってもいなかったが。

「いってらっしゃい」

目が合った。

「いってきます」

おかえりを言ってくれる相手はいないが、戻るべき場所があるというのは、人間にとって心強いものだ。






「ねぇ…ルルーシュ先輩」

金髪碧眼。
大型犬のような性格のせいで、どうにも嫌いになれないのが、ジノ・ヴァインベルグの嫌なところだ。

「なんだ」

事後の気だるい空気。
もう少し眠りたいんだから、話しかけてくるなといいたいが、これも仕事。
金を取るのだから、相手の望むそれ相応のことをするのも当然だろう。

「お金は払うよ?でもずっとこのままでいいの?先輩は」

「どういう意味だ?」

「本当に好きな人と付き合うでもなく、お金目当てで男とセックスして。それでいいの?」

うるさいな。
なんで今日出会う奴らはみんな、俺に小言ばかり言うんだ。

「では聞くが、性欲処理に心が必要だと?」

「俺は先輩とのセックスを、ただの性欲処理だなんて思ってない」

「愛があると?」

「俺にはね」

俺に愛がないことなんて、元より承知の上。
そこらへんを割り切ってくれるから、付き合いやすかったのに…こいつもそろそろ切りどころだな。
恋人みたいな言葉はいらない。
他人からの愛なんて信じない。
俺に必要なのは、家族の幸せだけ。

「俺は先輩が好き。だから先輩が気持ち良さそうな顔してくれると嬉しいし、一緒に寝られるのが嬉しい。でも一番嬉しいのは、先輩が幸せになること」

だから、俺たちもう止めよう。こんな関係。
俺、今度は真正面から堂々と、先輩に見合う男になって迎えに行くから。






体のいい別れの切り出され方だったな。
俺はぼんやりと、まだ夜の明けきらない空を見つめていた。
あの後、すぐにジノはホテルから出て行った。
俺は未だにシーツに包まったまま、窓辺から動けない。
泣いて縋ればよかったのか?
いや。何を考えているんだ…俺は。らしくもない。
自分から切り捨てるのには慣れている。
だが…捨てられるという行為には、自分が思うよりもずっと深いトラウマがあったようだ。
簡素な部屋。
一人だけの自分。
今までは、隣にゼロがいた。
いつでも、どこでも、どんなときでも。
先に離れたのはどちらだ?
紛れもなく、俺じゃないか。
ゼロは何度も止めろと言った。
こんなことしなくても、金は手に入ると。
それを振り切ったのは俺だ。
…家族の信頼を先に裏切ったのは、俺だ。

「ゼロ…」

ポツリ呟いた言葉は、宙に溶けた。

プルルルルル

携帯の音が響いた。
…俺の携帯か?
誰だ?俺の携帯の番号を知っている奴なんて…

「はい」

『……』

「…はい?」

『…俺だ』






Title by "F'"

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