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GEASS
目に染みる夏色






人生何が起こるか分からない。
陳腐で安っぽい言葉だが、実にその通りであると思う。
まさかイレヴンである自分が、副総督の騎士になるなんて。
いや、変化はもっと前から起こっていたのかもしれない。
僕がユフィと出会った時から。
僕がブリタニアの軍人となった時から。
日本がブリタニアとの戦争に敗れ、植民地と化し、エリア11となった時から。
ブリタニアが日本に攻めてきた時から。
いや、本当はずっと前なのかもしれない。
僕が…父さんを…

「ス〜ザ〜ク〜く〜ん」

後ろから間延びした声で呼ばれ、ふと我に変える。
何を考えていたんだろう、僕は。

「ロイドさん。どうかしたんですか?」

振り返ると、僕のかつて上司だった人、いや今でも関係性は崩れていないが、がいつもどおりのひょろひょろとした足取りで、こちらに手を振りながら歩いていた。

「ん〜?いたから呼び止めただけ」

「なんですか?それ」

爵位だとか地位だとか名誉だとかに、全くの関心を見せない彼は、僕の出会った中では今までもこれからも、多分一番付き合いやすい人間に分類されるだろう。
性格に若干問題があることを抜きにすればの話だが。

「ルルーシュ様とは上手くやってる?」

「ぼちぼちですね」

苦笑せざるをえないのは事実だ。
未だに彼にとって僕は「ユフィのお気に入り」でしかないと思う。
彼が僕を選んだことに、彼の意思が少しでも含まれていたのか…それが謎のままでは堂々と胸を張って騎士だなんて言えない。

「ロイドさんの方こそ、珍しいんじゃないですか?他人に興味がおありで?」

意地悪く視線を投げかけてみる。
彼は一瞬きょとんとしたが、すぐにいつもの笑みを顔に浮かべた。

「ルルーシュ様ってさ、実は第二皇子のいっちばんのお気に入りなんだよね」

「シュナイゼル宰相閣下の?」

それは初耳だ。
主から聞くに、シュナイゼル殿下といえば…失礼ながら、少々のSっ気を含んだ弟好き、という印象しかない。
多分愛情の裏返しなんだろうが…愛というものに疎い主には、そんな変化球全く効果を得ていないのが、愚痴を聞かされるこちらの見解だ。

「だから本国にいた時も、何度か会ったことあるんだよね。ほら一応特派はシュナイゼル殿下の直轄だから」

「なるほど。それで接点がおありなんですね」

「可哀相に兄に似て意地悪いしね。中々面白い人だと思ったよ」

それは不敬罪に問われるのでは?と言いたかったが、今更彼に咎めたところで、遅いだろう。
しっかり死刑になるぐらいは、すでに彼は数々の暴言を吐いている。

「スザクくんはさ、騎士って何だと思う?」

彼にしては抽象的すぎる質問だと思い、一瞬戸惑ってしまった。
眼鏡の奥の瞳からも、真意が掴めない。

「何…とは?」

「君はルルーシュ様にとってどうなりたい?ってこと」

「どうって…」

答えは決まっている。

「彼の敵や弱さを排除する剣であり、彼を守る盾となるのが、自分の役目です」

「決まりきった答えをありがとう。でもそんなマニュアルの復唱を、望んだわけじゃないんだよね」

すごく嬉しそうな笑みを見せながら吐かれた嫌味が、胸に刺さる。
まるで、僕が最初からそう言うだろうと分かっていたとでも言いたげな表情。
はっきり言って悔しい。

「それだけじゃ、彼の騎士、務まらないんじゃないかな〜」

「何故ですか!?」

彼を護り、戦うこと以外に、他に何が必要と?

「彼にとって君って、なんなんだろ〜ねって話だよ」

僕は感情に任せて大声を出したことを、恥じた。
彼が、呆れたように僕を見たから。
僕が何も分かっていないとでも言うのか。

「自分は…殿下の…」

騎士であり、『友達』。
そう殿下は仰った。
でも、『友達』なんて…
その時、ようやく僕は目的の場所に着いた。
ルルーシュ様の、執務室の前だ。

「で、では、自分はここで」

一刻も早く逃げ出したかった。
自分の信念に、正義に間違いはないと、信じて疑ったことがなかったから。
そうやって生きてきて、汚いことは汚いことで割り切って。
そうやって得た地位で。
今更迷いたくない。
迷えないところまで、来てしまったんだ。僕は。
そう自分に言い聞かせた。

「そっか。じゃあまたね、スザクくん」

「はい。また」

そう言って、執務室のドアをノックしようとすると、彼は僕の耳元に口を寄せ、

「スザクくんってさ、実は『友達』いないでしょ?」

とそっと囁いた。
僕は驚きで、思わずビクリと肩を揺らしたが、なんとか冷静さを取り戻し、

「ロイドさんに…言われたくありませんね」

と息のかかった左耳を押さえながら、言ってやった。






ノックをしても返事がないのはいつものことだ。
僕は勝手知ったる他人の家とでも言おうか、無許可でノブを回し、執務室へと入った。
そこには、机の上で突っ伏して寝ている主の姿があった。
起こすべきか否か…
起こさなくても怒るだろうし、起こしても機嫌は悪くなる。
果たしてどうするべきか…
僕は幾分かの逡巡の末、気配を消してゆっくりと主へと近付き、その薄い桃色の唇に、自分のそれを重ねた。

「ん…ふぁ」

閉じられていた瞼がだんだんと開き、隠れていたアメジストが姿を現し始め、

「ほわぁあぁぁぁっぁああぁあ!!!!!!」

驚愕に見開かれた。
ちなみに僕は驚いた彼に押し返され、二、三歩後ろに後退さった。

「なっ、何をしてるんだ貴様ぁあぁぁ!!!」

「ルルーシュが寝てたからさ。おはようのキ…」

「皆まで言うな!!今の出来事は俺の記憶から消し去る!!」

僕の笑顔とは裏腹に、彼は顔を赤くしたり青くしたり忙しそうだ。

「ダメだよ。ルルーシュはただでさえ無防備なんだから、もっと気をつけてもらわないと。今みたいに、寝込みを襲われたらどうするの?」

「そんなことをするのはお前しかいない。安心しろ」

本当無自覚な人間は困る。
ルルーシュはもっと自分の美しさと向き合うべきだ。
僕が黙っていると、彼は訝しげにこちらを睨みつけてきた。

「まさかお前、こんなことユフィにもしていたんじゃないだろうな?」

…え?
呆れて物も言えないとは、このことだろうか。
いつもいつも妹の心配ばかり…

「大丈夫。ユフィには、何もしてないよ」

彼女は汚してはいけない人だから。
無理矢理笑顔を作ってそう言った。
…あれ?なんだろう。

「でもお前は、ユフィを好きなんだろう?」

胸が、痛む。
…どうして?

「…好き…だったよ…」

過去形にしたのは、無意識。
ただ、目の前にいる僕の顔を心配そうに覗き込む顔を、真っ直ぐに見ることができなかった。

「今更だけど…すまなかったな」

「…え?」

「だって、俺のせいでお前たち二人を引き離したようなものだろう?」

そんな風に思ったことなど、一度もない。
だから、そんな辛そうに顔を歪めないで。
口は開くけど、言いたい言葉は、出てこなかった。
冷や汗だけが、溢れてきた。

「ち…がうよ。嫌だな…ルルーシュ。結局、実らない恋は実らないものなんだよ」

仕方ない。
今まで、いろんなことをそうやって、諦めてきた。
それが一番最良の選択なのだから。
元々幸せになろうだなんて、そんなおこがましいこと思っちゃいない。

「しかし例え身分違いの恋だって…ユフィの一言でどうとでも…」

僕は彼の言葉を遮った。

「お言葉だけどね、ルルーシュ。身分違いの恋だろうと、普通の恋と何ら変わりはないんだよ。結局、先に惚れた方が負けなんだ。それにユフィが僕に抱いていたものは、決して恋心じゃなかった」

言うなれば…そう、それこそただの友人だったのかもしれない。






「でね、ルルーシュったらヒドイのよ」

「ルルーシュって、ユフィの一番年の近いお兄さん、だよね?」

初めて彼の名を知ったのは、もちろん彼女の口からだった。
多分、数多くいる兄弟の中で、コーネリア皇女殿下の次によく聞く名前だった。

「そうなの。確かスザクと同い年だわ!きっと会ったらすぐ仲良しになれると思うの。ちょっと頭が固いところもあるけど、本当はすっごく優しいから」

そう嬉しそうに語る彼女を見ていると、見たこともない『ルルーシュ』という奴に、醜い嫉妬心を覚える自分が姿を現し始めた。
きっと彼女はこんなこと望んではいないというのに。

「よく聞く名前の人。仲良しなんだね」

彼女の顔は、兄の話をする妹の顔ではなかった。
好きな人のことを話す、女の子のそれ。
彼女は、自分の気持ちに気付いているのだろうか。

「えぇ。小さい頃から、よく一緒に遊んでいたの。でも自分の方がちょっと年上で、頭が良くて、チェスが得意だからって、いっつも偉そうなのよ。さっきも電話で怒られちゃった。ちゃんと勉強しろーって」

花が咲くように、彼女は笑う。
隣にいると心が安らぐ。
それが彼女の魅力で、僕のような汚れた男は、どう考えても不釣合いだ。

「僕も会ってみたいな、『ルルーシュ』に」

願い下げだった。
彼女の愛を、気付かずにただ享受しているだけの人間なんて、死んでしまえばいいと思っていた。

「今度頼んでみるわ。私も」

ただ彼女の笑顔を、守りたかった。
それだけなのに、その数日後、ユフィは本国へと帰ることになり、僕は新しい副総督の騎士就任が命ぜられた。
その通告は、僕が生涯懸けて守り抜きたい人の口から発せられたものだった。

「スザク、ごめんなさい。言ってなかったけど、私は正式にこちらに赴任していたわけではないの。正式には留学。新しい副総督が決定するまでの繋ぎの役割も兼ねて、お姉様のお傍でお仕事を拝見しつつ、植民エリアの状態をこの目で見て理解するためだったの」

つまりは、期限切れだったというわけか。

「本当はちゃんと言わないといけなかったんでしょうけど、ごめんなさい。まさかこんなにも早く決まってしまうなんて」

泣きそうな顔を堪えて、それでも言葉を紡ごうとする少女を、一体誰が責められるというのか。

「大丈夫だよ。ユフィ。気にしないで。言いにくいことだもん、仕方ないよ」

俯いた彼女の顔を、上に向かせ、笑ってみせる。
期間限定の恋…か。
元々成就するはずなんてなかったんだ。

「それでね、貴方にしか頼めないことがあるの」

「…僕にしか?」

「えぇ。新しい副総督の騎士になってほしいの。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの」

目の前が真っ暗になった。
そこから先のことはよく覚えていない。
ユフィが本国へと帰って、ルルーシュに会うまで、僕は今までどおり、男に抱かれに回っていた。
ユフィには知られたくなかったから、彼女の傍にいる時はそんなことしていなかったけど、もうどうでもよくなった。
どうあがいても、無理な話だったんだ。
汚れた罪人と、高貴な聖女は釣り合わない。

「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ」

最近よく、初めて会った時の彼の顔を思い出す。
美しすぎる。
頭が警鐘を鳴らした。
もう好きだなんて、そんな感情持ってはいけない。
だってもう、誰にも捨てられたくない。





「くるる…ぎ…?」

そっとルルーシュの右手が、僕の右目に伸びてきた。
ハッと、飛んでいた意識を浮上させ、思わず

「触るなッ!!!!!!」

叫んで、払いのけてしまった。

「くるる…ぎ…?」

今度は心配そうな彼の顔が、恐怖で引き攣っていた。
今、僕は、どんな醜い形相を、しているんだろうか。

「す、すみませんでした。罰なら後日受けます。少し気分が悪いので、今日はここで失礼させていただきます」

「お、おい」

呼び止める声も聞かずに、僕は部屋から出て行った。






「あれ〜?もう仕事終わったの〜?」

部屋を出て数分、ちょうど彼も用がすんだのか、また廊下で出くわしてしまった。

「ロイドさん…」

「ヒドイ顔だね。昔の君みたい」

嬉しそうに彼はそう言った。

「…昔?」

「うん。まだユーフェミア様と仲良くなる前の君にそっくり。世界みんなが敵みたいな顔してる」

世界みんなが敵…あながち間違ってはいないのかもしれない。

「……自分は…」

「ん?」

「自分は…軍人です。主君の命には絶対的に従う騎士である以外に、何も必要ありません」

そう言って、僕は早足でその場を去った。

「ホント、妙に素直じゃない子だよね、彼」

歪みに歪みすぎて真っ直ぐですって、感じだよね。
そんな彼の呟きも、届かなかった。





好きになんて、関心なんて、興味なんて持ってはいけない。
いっそ嫌ってくれればいい。
だから、これでいいんだ。
妙な仲間意識や同情なんて…
それなのに、どうして、胸が苦しいのだろう。






Title by "9円ラフォーレ"

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