GEASS 世界一優しい嘘吐きへ (スザク→ルル←C.C.) 最終回1周年記念。 ギアスは永遠に不滅です。ルルーシュはみんなに愛されてるんです。ってことを言いたかった。ただそれだけ。 ゼロレクイエム後のお話。 彼が世界から消えたあの日から、僕の前にあった靄の様なものが消えた気がする。 今まで見えていた世界は暗く汚いもので。息をしようともがけばもがくほど息苦しくなり、どんどん足を取られ真綿で首を絞められた様な感覚のまま、無為に時を過ごしていた。 けれどどうだろう。今では世界の何処に行ったって、緑の香りが鼻孔を擽り、鳥のさえずりは耳に心地よく、風は冷たく頬を撫ぜ、どこまでも続く青い空が人を、大地を、僕を包み込む。 日本の空も、ブリタニアの空も繋がっている。僕らは皆、同じ空の下生きていたことを思い知る。 馬鹿みたいだ。こんな簡単なことに気が付かず、僕らは殺し合いをしていたんだ。誰にだって家族はいて、友達がいて、恋人がいて。誰だって愛されて生きていた。同じ空の下。同じ大地の上で。 ルルーシュはそのことに気付いていただろうか。 ルルーシュは自分が愛されていたことに気付いていただろうか。 僕はルルーシュの苦悩にもっと早く気付けていれば、違う未来があったのだろうか。 「相変わらずだな。枢木スザク。眉間に皺が寄ってるぞ」 突然聞こえた女の声に僕は嘆息しながらゆっくりと振り向く。 「C.C.こそそうやって気配を消して現れるの、いい加減止めてくれない?」 立っていたのは年甲斐もなく可愛らしい服を着込んだ魔女だった。 「だがお前の野生の勘も少し鈍ったか?全く気付いていなかっただろう?」 「そんな勘働かせる必要がないくらいに、今は平和に暮らせているからね」 勝手知ったる他人の家とでも言おうか。彼女はごそごそと冷蔵庫を物色したが、目ぼしいものが無かったのかソファにどかりと座り込んだ。女性なら少しは淑やかさというものを身に着けて欲しいものだ。彼の苦労が身に沁みて分かる。 「……で、何しに来たの?」 「この国に用があってな。久しぶりにお前の面でも拝んでやろうと思ったんだよ。少し老けたようだが相変わらずの童顔だな」 「全く変わらない不老不死の魔女にそんなこと言われたくないね」 「ふん。褒めているんだ。元気そうで何より」 「僕が元気にしていないと悲しむ人がいるからね」 ゼロとしてナナリーの補佐をする必要も無くなって隠居生活が始まってからもう数ヶ月が経つ。 彼女は心配したが、僕には田舎でこうやってゆっくり暮らす方が性に合っている。それに何より彼女はもう一人で大丈夫だ。真っ直ぐ前を向いて、確実に歩けている。 「だが、いい顔をしているぞ。スザク。あの時よりよっぽど」 C.C.の含み笑いに内心ドキリとした。 「そうかい?」 「あぁ。あの時のお前は触れたもの皆傷つける思春期の男子そのものだった」 「馬鹿にするのも大概にしてよね」 「大人になったってことだよ。忘れようと思い込むことを止めたのだろう?忘れなくてもいいんだ。憎まなくても、嫌いにならなくてもいいんだ。自分に正直でいればいい。きっとあいつもそれを望んでいる」 彼が死んだ直後は、ゼロとしての役割に没頭していたから良かった。彼のことを考えずにいられた。 だが毎晩夢を見た。彼の夢。彼が生きている夢と彼が死んだ日の夢。魘されて、魘されて、魘されて。毎晩大量の汗をかいて飛び起きる。その上碌に食事も取らずに働き続けた。 どんどん痩せていく僕を見て心配してくれたナナリーは、僕より余程大人だった。 『無理に忘れようとしないで下さい。お兄様のこと。お兄様が私たちにしてくれたことは全て、私たちに刻まれています。私たちがお兄様を忘れてしまったら、お兄様は本当に死んでしまいます。私の大好きな優しいお兄様は、歴史上には存在しませんが、私の心の中にはずっといてくれています。そして私に勇気をくれて、そして微笑みかけてくれてるんです』 すとんと僕の心の中で何かが落ちた。 「……そのせいかな。たまに今でもふとした瞬間に彼のこと思い出すんだ」 「分かるよ。だってお前、あいつに似てきてる」 「止めてくれよ。それは君の方だろう」 「馬鹿を言うな。私の何処があの肝心なトコですぐヘマをするヘタレまぬけと似ていると言うんだ!?」 「それを言うなら僕の方が似てないね。運動神経が壊滅的なせいで、一体彼が何機のナイトメア破壊したと思ってるんだ!?」 「ふん。お前は素直じゃなくて、ナナリー大好きな所とかあいつにそっくりだ」 「でも僕はシスコンじゃないし。君はツンデレな所とかそっくりだよね?ルルーシュがいなくなって淋しいならはっきりそう言えばいいじゃないか」 そう僕が言った瞬間、C.C.の動きが口を開けたまま固まった。 「……淋しい?……ふふっ、そうかもな。私は淋しいのかもしれない」 嬉しそうに認めるC.C.の姿を見て、僕は何だか拍子抜けしてしまった。 下らない言い争いだった。だって結局は僕もC.C.もルルーシュに焦がれている。 「あいつがいなくなってから、つまらないよ。どんなにピザを食っても、あの頃ほど美味しいものには出会えていない。散々文句を言ってくるあいつがいないというだけでだ」 こんなにも物憂げな目で離す彼女を見たのは初めてだ。 「僕だって同じだよ。彼が今もすぐそこにいるような気がしてならないんだ」 目を伏せる。哀れむような目で、C.C.が僕を見る。 馬鹿みたいだ。僕ら二人。 「馬鹿みたいだな、お前も私も」 C.C.がぽつり呟く。 「だからこそ、でしょ。僕ら三人、みんな馬鹿だからあんなことが出来た」 「ふっ、そうだな。三人とも救いようの無い馬鹿だった」 だから乞うてしまう。もう会えない彼を。 「だがもっと我儘に生きても良かったんじゃないか。お前は」 「死なないでって縋れば良かったってこと?」 こくりと小さくC.C.が頷く。 「出来ないよ。僕も子供で素直じゃなかったからね」 だが今なら言えるというのだろうか。彼に死なないでと。生きてと。伝えられるだろうか。 「ではあいつの方が素直だったな。お前に生きてと想いを込めた願いを伝えた」 未だに僕に刻み込まれている『生きろ』のギアス。 ジェレミア卿が解除してくれると言ってくれたのだが、断った。 だってこの身はこの世で唯一の、彼の願いが刻まれた身体。 「まぁ、今となってはもうあんなギアス無くても生きていけるけどね」 「ほぉ」 「彼がいなくなって……なんだろう。逆に生きようって思えたんだ」 彼が繋いでくれたんだ。この命は。 彼が与えてくれたんだ。この生は。 だからもう僕は無為に命を投げ出したりしない。 大切にこの時を生きるって決めたから。 「大切な人がいなくなって、生きようと思えるとは……真理だな」 「でも君もそうでしょう。もう死にたいなんておもっていないでしょう」 C.C.は怪しく笑った。 「当たり前だ。まだこの世に存在する全てのピザを食べ尽くしていない。制覇する前にこの世を去って堪るか」 C.C.に初めてピザを食べさせたのはルルーシュだと聞いた。 彼は本当に、死にたがりに生きる意味を与えるのが得意だ。 そのくせ自分はとっとと死んでしまった。 「……なんだ?急に上を見て」 「……別に」 「泣きたいなら普通に泣けばいいだろう。もう今更恥ずかしがる必要も無い」 「じゃあ君もその顔を埋めてるチーズ君を放しなよ」 風が窓を揺らした。まるでお互いのすすり泣く声をかき消すように。 C.C.が出て行ったら、また一段と部屋が殺風景になった。 窓辺に立ち空を見上げ、あまりの眩しさに目を細める。 世界はこんなにも眩しいものだったのか。もう今となっては以前のことが夢のようだ。もしかしたら今が夢なのかもしれないけれど。 だっていくらなんでも非現実的すぎる。 一旦目を閉じれば次に瞼を上げた瞬間には、以前の日常が戻ってきているんじゃないだろうか。そう思ったことが何度もある。 僕は着慣れたアッシュフォードの制服を着て登校する。シャーリーやリヴァルが元気に朝の挨拶をしてくれて、ミレイ会長とニーナとも挨拶を交わし、カレンも眠そうな目を擦りながら声を掛けてくれるだろう。するとジノやアーニャにも絡まれて、と思ったらナナリーが癒しの笑顔をくれるんだ。 教室まで辿り着くと、窓際の席にもう彼は座っているだろう。僕は彼の隣の自分の席に行き、ゆっくり鞄を下ろす。 窓の外に向けていた視線をこちらに向け、悪戯っ子の様な笑みを浮かべ、彼はきっとこう言うだろう。 「遅いぞ」 「いつもよりは早いって。それにまだ遅刻じゃないよ」 僕の答えに満足したのか彼はふんわりと綺麗に微笑み、 「そうだな……おはよう、スザク」 って言ってくれるんだ。 太陽の光を背に笑う彼は、とても綺麗で、とても儚げで…… 君にまだ伝えてない言葉がたくさんあるんだ。 君はあまりにも僕の近くにいすぎたから。だからいつも他愛の無い言葉とか、君を傷付ける言葉しか言えなかった。 本当はもっとずっと君と一緒にいたかった。 会えない君に会いたいよ。 僕は君が好きだよ。 ずっとずっと好きだったよ。 「おはよう、ルルーシュ」 ほら、新しい朝だよ。 (君がいない朝が、こんなに辛いなんて) [*前へ] [戻る] |