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 古い二階建て建築の壁は当然防音など施されているわけもなかったが、芹沢夫婦の暮らす202号の両隣はどちらも共働きで、夜まで留守。下の階の主婦も昼間はパートに出ていた。帰宅後は夕食の準備に忙しく、赤ん坊が今日はやけにグズってるな、と思った程度だったらしい。ボリュームを上げ、テレビゲームに熱中していた小学生の子二人も、不信な物音は聞いていなかった。



 ……挙げ句、


 〈大輔、母さん、若菜を宜しく頼みます〉


と、震える文字で書かれた遺書まで見つかった為、これは自殺であり、事件性はないと判断された。



 通夜が行われた晩、芹沢の実家で、夫の大輔は宮北の説明を、黙って聞いていた。


 同席した緑は、両の拳を握り締める大輔を、ただ見ていた。納得いかないと言いた気な、怒りという名の暗く、ほの紅いエネルギーに揺らめくその瞳を。















 「では」

 先輩の宮北が席を立ったので、緑はもう一度会釈し、慌てて後を追う。


 目前の双眼は通夜の時と変わらず、何かを色濃く語っていたのに……あと一歩で聞き取れる気がした瞳の声は、寸での処でかき消され、霧散してしまった。


 玄関を出ると、赤ん坊を抱いて軒先に佇んでいた若い女が振り返り、二人を見やった。はっきりとした顔立ちの、スラリと細身の美人だ。



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あきゅろす。
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