戦国拍手ログ
2007年七夕
あぁ、そういえば今日は七夕だったか。
三成は庭で色とりどりに飾り付けされた笹を見て思い出した。ここ豊臣家では、主人とその奥方がこういった行事を好んで行うため、三成も何かといっては駆り出される。面倒だとは思うのだが、あの二人には逆らえないのだ。
…ふぅ、左近の所にでも避難するか。
そうは思ってみても、どうせ先回りされているに違いない。特に主人の奥方様は、そういったところでは抜かりはない。それに左近もこういう事は嫌いではないようで、彼女に呼ばれれば二つ返事で参加しているだろう…。
あれこれと考えながらふと視線を庭に戻すと、一人の女がなにやらごそごそとやっていた。
「何をしている?」
背後から近づき声を掛けると、びくっと肩を震わせて女…名無しさんが振り返った。
「あ…石田様」
よく見れば、彼女の手に短冊が握られている。
「七夕飾りの短冊か」
そう聞くと、こくり、と名無しさんが頷いた。
「ねねが、せっかくきたんだからって」
彼女は主人の奥方様の友人で、時々尋ねてきては、仕事がてら女同士他愛もない話をしているようだ。
「なるほど」
さして興味もなさそうにいう三成だったが、なんとなく名無しさんの手にしている短冊に目をやった。
――これからも、皆が戦から無事に帰還しますように――
「…まるで神頼みだな」
「そうかもしれませんね」
三成の言葉に苦笑して答えた彼女は、手にした短冊の文字を指で撫でるように触れた。
「でもね、石田様。例え神頼みだとしても、迷信だと言われても」
口元に微笑みを浮かべ、柔らかい眼差しの名無しさんが三成を見上げる。
「大切なものの為になりそうな事は、やりたいんですよ」
そう言ってニッコリ笑う彼女は、普段の素っ気ない態度しか知らない三成にとっては初めて見る顔だった。
「…なんだ、笑えるのか」
思わず呟いてしまった台詞は、彼女には届かなかったらしい。だが、違う意味では何かを感じたようだ。
「心配しなくても、ちゃーんと石田様の分もお願いしてありますよ」
そういうと、彼女は花のような笑顔を浮かべて笹に短冊を吊るそうと後ろを向いた。
もし、名無しさんがそこで後ろを向かなかったら。
きっと三成の、普段は見せない顔を見ることができただろう。
三成は自分でも、顔が赤くなっている自覚を持った。たった一つの――今まで見たことのない、その笑顔に、こんなにも破壊力があるとは。
「もうちょっと…高い所に…」
そう呟きながら伸ばされた手から、短冊を抜き取る。
「あの、石田様?」
「…何処がいいんだ?」
驚く名無しさんとできるだけ視線を合わせないようにしながらも、彼女のささやかな願いを叶えたくて、思わずそんな行動を取っていた。
「じゃあ…あの、空いている枝に」
言われた場所に、しっかりと結わえてやると、さらさらと風に煽られて短冊が揺れた。
「ありがとうございます」
「別に礼など言わなくてもいい」
何故ならこの行為は、自分の身をも案じてくれた、その礼なのだから。
「…次の戦に出ても、皆で絶対に帰ってきて下さいね」
「…そうなるように、努力はしよう」
気の利いた台詞一つ吐けぬが。
横にある柔らかな存在に、心の中で約束する。
――きっと、必ず。主も、お前の友人でもある奥方も。そして自分自身も。必ずここへ帰ってくる、と。
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