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戦国拍手ログ
2007年8月

朝だというのに夏の暑さはグングンと鰻登りに気温を押し上げて。

そんな中、まだ日陰は僅かではあるが涼しくもあり、今日は少し風もあって、私は半蔵の背にもたれながら口だけ動かしていた。

「…でさ、とにかく素敵だったんだよ」

「…手を動かせ」

「はいはい」

背中を通して伝わる半蔵の声が心地良い…まぁ、さっきからそっけない言葉ばかりだけど。

普段から口数は少ないけれど、私は彼の声が好きだった。だから用がなくてもどんどん話しかけたりして、傍から見れば『あの半蔵とまともに会話ができる数少ない人物』の一人としてあげられたりする。といっても、家康様や忠勝殿に比べたら、私の場合は一方的に話しているに過ぎない。それがちょっとだけ寂しいけれど、勝手に話しているだけなのだから仕方がないか、と最近は諦めていた。それに、注意深く見ていると、ちゃんと話は聞いてくれているし、それなりに関心を持ってくれていることも分かってきたのだ。

惚れた弱みかもしれないが、それだけで私は満足だった。邪険に扱われているわけではないと分かっただけで嬉しいってのが、ちょっと悔しくもあるけれど…。

「で、稲姫綺麗だったな〜」

再び口を動かした私に、半ば呆れ半分な気配が伝わってきた。それでも話は聞いてくれいているのが分かるので、そのまま話を続ける。

「またお相手の方がとってもよさそうな青年でさ」

「…真田の倅か」

「そう。幸村さんじゃないけどね。でも、稲姫にはきっとお似合いだと思う。なんてったって、あの忠勝殿が認めたんだもん」

背中越しに振り返ってみても、半蔵は鎖鎌の手入れでこちらを見る様子はない。耳だけをこちらに集中させてくれているようでそれはそれで嬉しいけど、ちょっとぐらいは目も合わせてほしいなぁ、と思うのは、私の我が儘なんだろう…と、複雑な気持ちになった。

「…本当に、花嫁姿の彼女、綺麗だったんだよ」

もう一度彼と背中を合わせ、日差しの強くなり始めた庭を眺めながら呟くようにそう零した。

「…名無しさんもそういう姿になりたいと?」

暫しの間があって、背中からそう伝わってきた。我に返って振り向くと、鎖鎌から目を離し、僅かにこちらを伺うように視線を流してくる半蔵がいる。

「…それは…」

ほんの少しだけど目が合って、何故だか分からないけど急にこちらが居心地が悪くなって、慌ててまた背中合わせの位置に戻った。なんだか胸が、ドキドキする。

自分の花嫁姿。

そりゃ、好きな人に沿いたいとは思うが。

そう思うと、私は目の前の武器を手にした。半蔵に憧れて鎖鎌を使っているなんて、背中合わせの相手は知らないだろうけど。

「そうだね、私は…半蔵と一緒に駆けられれば、それで十分」

相手の背中がほんの僅かに揺れるが、気にせずに私は言葉を続けた。

「貴方みたいに闇に徹することはできないかもしれないけどさ。もしかしたら、私みたいなのでも役に立つ事はあるかもしれないじゃない?貴方の影にはなれるかもしれない…って、闇に影って言い方も可笑しいけどね。でも、一人の忍として…半蔵の下についたんだから、私にとってはそれが全てで、今のままが一番いいんだよ」

びっくりするぐらいスラスラと言葉が出てきたが、これが本心なのだ。

私は一つ笑みを漏らすと、手にしていた鎖鎌を撫る。その時、背後の気配がゆらり、と動いた。

「わっ!」

いきなり動いた相手に抗議の意味でも声を上げたが、彼はそんなことは気にせずに、私の耳元に口を寄せれば囁いた。

「…ならば主に闇が必要でなくなった時、お前が闇を拾ってくれ」

普段とても口数の少ない彼が紡いだ言葉は、覆面も通さず耳に直接響いてきた。それだけで、自分の顔が朱に染まっていくのが分かる。

気付けば半蔵はもう元通り、背中合わせの位置に戻っていた。背中越しにでもこの胸の音が伝わってしまいそうだが、顔を見られるよりはいいかもしれない。

拾ってくれ、ね。

でもきっと、私はもう闇に溶かされてしまっているから。きっともう離れられないから。

私はこつん、と彼の背中に頭を預け、小さく、はい、と呟いた。


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あきゅろす。
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