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仮面紳士の笑み














「おおおおかぁあさああん!」

「何ようるさいわね・・・」

「こんなの聞いてない!」

「は?」










あのまま彼のするがままに車に乗せられ、エンジンをかけて家を出る頃のタイミングだった。
突然家のドアが空き、玄関に置いてきた薔薇の花束を持った母がニコニコしながら出て来たと思えば、私の横に座っているランスさんに声をかけた。

『電話で言った時間丁度に迎えに来てくださるなんて、さすがランスさん。娘をどうかよろしくお願いしますね』

ほほほほ と笑いながら爽やかに言い放ったその台詞に、私は度肝を抜かれた。
確かに「3日連続でご飯を食べに行く」と言う最初の約束を、アポロさんの事でいっぱいになって今まで忘れていた私も悪い。
でもそれは夜限定の話ではなかったのか。現に車の時計を見れば時刻は朝の9時丁度。
こんなの、私は一言も聞いてない。

何か言いた気な顔をしている私を気遣ってか、さり気なくランスさんがボタンを押し車の窓を開けてくれた。







「おかあさん、いつもいつも行き成りでいい加減にしてよ!」

「うっさいわねー・・・忘れてたあんたがいけないのよ」

「でも朝からって聞いてないし、ゆっくりしろって言ったのはそっちでしょ!」

「別にデート前で焦る必要なんて無いじゃない」






このクソ母。
面倒くさそうに欠伸をしている母に、私はギリギリと歯ぎしりをしながら睨みつける。
ああそうだ、母は自分から聞きに行かない限り何も教えてはくれない人だったのだ。
それを忘れてた自分が馬鹿だったし、悪いと言うことか。うんそうだ、もう諦めよう。

黙り込んだ私を見た母はランスさんに視線をやると、明らかに家とは違う顔でニッコリと微笑んだ。








「では、お願いしますね」

「ええ、任せて下さい」








母が私ではなくランスさんに「いってらっしゃい」と手を振る。
ただそれだけなのに、私をイライラさせるこの感情はなんだろうか。
最後に何か文句を言ってやろうとした時。いきなりランスさんがボタンを再び押し車の窓を閉め始めた。
そして彼はハンドルを握り、にこやかな笑顔で私の手を握る。







「この香水の匂い、どこかの奴と同じですね。」







母からは見えていないが、私の右手首を握るランスさんの力が強まった。
彼によってシワのよった服をただ呆然を見ていると不意に車の中の雰囲気が変わる。
顔は笑顔なのに、氷のように冷たいその声に私の背中はひやりと凍えた。








「アポロですね・・・」








その言葉を発した頃には、とっくに車の窓は閉まりきっていた。


少し不安になり、窓の外を見るが相変わらず母は笑顔だ。そんなお気楽な親に、私の頭はフツフツと苛立ち込み上がる。
この空間から逃れるのなら、今すぐこの車のドアを開けて家へと転がり込みたいものだ。

だが動き出した車がそうはさせてくれず、既にエンジンのかかっている車がスピードを上げるのは簡単なことだった。
一瞬にして母の姿を消してしまい、どんどん離れていく家を私は悲しい思いで無言で見つめる。
ただ隣にいる彼を見たくなかったと言うのもあるけど、今は本当に家に帰りたい気持ちでいっぱいだった。

泣きたくなるのを堪えて窓の外を見ていると、そんな事も知らずに運転していたランスさんが急に私に視線を向けた。








「首と・・・鎖骨辺りでしょうか」

「え・・・・な、何が・・・ですか」

「匂い」

「・・・!!」






彼の言葉に弾かれたように、私はすぐさま首元に手をあてた。


(うそっ・・!?昨日・・・アポロさんと何かしたっけ・・・)


私は驚き、惑いを隠せない表情でいると目の前にいる彼は楽しそうに笑いながら私を見つめていた。
いったい、どういう事なのだろうか
確かに昨日アポロさんと一緒に居たところを見られたが、お風呂にも入ったし匂いなんて・・・。

不安を抱きながら、私は必死に自分の首を隠す。それと同時に、顔は耳まで真っ赤になってしまっていた。
そして運が悪いのか、目の前にある信号機が赤に変わりおもわず私は しまった という顔をする。
ゆっくり車が減速していくにつれランスさんの意識は私へと集中する。おかげで真っ赤な顔はバッチリ彼に見られてしまうという、最悪な状態に私の頭は更に混乱してしまった。








「昨日、」

「は、はい・・・・?」

「アポロと何かしましたか?」






ギクリッと一瞬私は硬直してしまった


(な、なんでこの人はこんなに痛いところをついてくるんだろうか・・・)


なんか怖い。ただ一言、私の頭の中でそれは何かの呪文のように響わたった。
けどそんな私とは反対に、今目の前に居る彼はまるで涼しい顔をしながら言葉を待っている。
そんな余裕たっぷりの彼を、私は心底羨ましいと思った。

どうしよう、頭がいっぱいで返す言葉がみつからない。

するとそこで、いきなり彼が私の首元に顔を近づけてきた。
そして鼻先と唇が少し触れるぐらいまで接近し、そのまま耳の裏に ふぅ と息を吹きかけられる。






「たとえば、こんな事、・・・とか?」

「ふぁああああっ」






溜息交じりに言う彼の声が私の耳を刺激し、一瞬にして私の顔は真っ赤に染まってしまう。
私みたいなガキなんかに、彼は何をしてくれるんだろうか。
そんな私の反応を見た彼は、してやったりと言った顔でニヤリと笑う。
危険な甘い雰囲気を持つ彼に女性なら皆一撃だろう。だが今の私にはそれを感じている余裕が無かった。

私はビクビクと震えながら、眩しい笑顔を向けている彼に恐る恐る声をかける。






「ランスさん」






私が小さく声をかければ、彼は「ん?」と言って私に視線を向ける。
爽やかな笑顔で「何ですか」と言われ、真っ赤な顔の私はその余裕に泣きそうになった。






「本当に私、アポロさんとはなんもしてませんから・・!!」

「ほぉ、彼が何もしないなんて・・・珍しいですね」

「あ・・・・・・いや・・・・・まぁ手にキス・・・は、しました・・・・けど・・・」

「・・・」

「あ・・!でも本当にそれ以上の事はしてないんで・・・・!ほら、アポロさんに比べたら私なんて雑草みたいなもんだし」





そうだ、私なんてそこの辺の雑草に転がってればいいんだ。
こんな美しい人の隣で車にのってる事が、ありえない事なんだから。うん、きっとそうだ。
今日から私は雑草。土臭い地面がお似合いなんだ。

訳の分からない日本語を自分に言い聞かせながら、私は彼に強く言い放つ。







「だからべつにそんな、イヤらしい事なんてっ」

「・・・・・・」

「・・・・・ってランスさん?」

「・・・・・・」

「・・・あ、あのう・・」

「・・・・・・」

「き・・・・聞いてますか・・・・?」







何も答えない彼に私は不安になっていると、不意に彼の肩が小刻みに震え出した。
クスクスと笑いを堪え、口元を軽く手で押さえている姿に私は目を瞬く。

ランスさんが、笑ってる?

微笑むではなく、私の発言に対して笑っている彼を見たのは初めてで、思わず呆気にとられてしまった。
すると先程の静けさは何処へいったのか、車の中は彼の笑い声で満ち始める。






「あっははははっ・・」

「・・・あ、あの・・・えっと」

「匂いなんて・・・してませんよ」

「え・・・」

「ただ貴女の反応が可愛かったので、鎌をかけただけです」







「顔、真っ赤ですよ」と言って彼はまた笑いだした。

だ、だまされた・・・!

クスクスと笑う彼を、私は驚きを隠せない表情で見つめた。

それにしてもこの大人の余裕、いったいなんなんだろうか。
それは爽やかな顔で微笑むランスさんと、とんでもない羞恥が襲ったせいで真っ赤になってしまった私の顔が物語っている。
おかげで心臓は今にでも飛び出しそうなほどバクバク高鳴っていると言うのに、どうしろと言うのか。
おまけにこの二人っきりという空間で、更に私の心は奥底へと沈んだように重くなる。


(穴があったら入りたい)


はぁと息をついて、私は助手席の椅子に身を沈めた。

だが運が良いのか悪いのか
信号が青に変わるのを視界の隅で確認すると、彼はまた何事もなかったかのように運転を再開する。
すこしだけ彼の気が私から反れた。ただそれだけの事なのに、凄く喜んでしまう自分は子供なのだろうか。

柔らかく包み込む椅子の感覚に癒されていると、突然隣で運転していた彼がチラリと私に視線を向けた。






「手」

「え?」






いきなり出てきた単語に私が驚いていると、彼は笑いを堪えながら私に問いかけてくる。






「キスしましょうか・・・?手・・・ふっ」

「ちょっ・・・からかってるんですか?!」

「貴女が言ったんでしょう?ふふっ・・・」

「らっ・・ランスさんっ」

「ははっ・・・」







楽しそうに笑いながら、先程から彼は器用に運転をしている。
その姿を見て、私は赤くなった顔を手で隠しながら一人でひっそり考えた。


(なんか私完全に遊ばれているような・・・)


そもそもエスコートされる側よりも、する人の方か楽しむってどう言う事だろうか。
これじゃあ昨日のデートがまるで夢のようだ。
でも昨日のアポロさんより、こちらの方が変に緊張しなくてすむのもまた事実で、私は複雑な気持ちになる。

(でも・・笑顔は嫌いじゃないんだよなあ・・・・)

そう思っていたら、何故か私は彼の横顔をじっと見つめていた。
最初は気付いていなかったが、暫くの間見続けていた視線に気付いた彼が私をチラリと見る。

そして自然と出た私の言葉に、彼は目を見開いた。





「ランスさんって、アポロさんより表情豊かですよね」





そう言った私の言葉は、彼にどう伝わったのか。
見開かれた目はすぐにすっと細められ、ニッコリと微笑む彼の笑顔に私は少し戸惑いながらも笑い返す。
「どうも」と言って笑った彼に、私はなんの違和感も抱かなかった。これが、彼の本当の顔なんだろうと確信したから。
そう、このランスさんの笑顔がアポロさんのとは違い 意外と落ち着くのだ。

そして何事も無かったかのように、彼は目の前にあるビルを指差した。





「あそこに行きましょう」

「あ、あそこって新しくできたデパートですよね。良いですね」






私は声を弾ませながら、視線をビルへと向けた。

(よかった、昨日みたいに高級な場所じゃなくて・・・)

普通を求めていた私には凄く嬉しいことだったせいか、私は安心して窓の外を眺める。


このまま今日一日、何もおこらなければ良いな。


そうして都会の町並みを瞳にやきつけていたせいか、隣で運転していたランスさんの表情を、知ることはなかった。












彼がまた、『笑って』いたことに






















仮面紳士の笑み

















「どうぞ」

「あっ、すみません」




駐車場に車を止めた彼が無駄の無い動きで車から降り、助手席のドアを開けてくれた。
差し出された手に私の手を添えれば、そのままいとも簡単にひょいっと引き上げられる。
そしてお礼を言って手を離そうとすれば、逆にしっかりと手を握られ私は少し驚いて彼を見上げた。








「はぐれては駄目ですよ」







まるでカップルのように手を繋ぎながら、私達はエレベーターへと吸い込まれるように足を進めた。



























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早く次が書きたいけど、やはりこの方は長くなりそうですorz
ランスさんがデパートにいたら、皆さんマスターボールを持っていきましょう(でねぇよ

ちなみにデパートの前は遊園地でしたが、ねぇよwって友人に却下。

(^o^;)・・・!



10/10/31


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