[携帯モード] [URL送信]
ウエルカムベア・ドール








「ねぇ、あの人・・・」

「すっごくカッコよくない?」

「だよね〜っ、私も思った・・!





ヒソヒソと、いろんな所から声が聞こえる。
それは勿論、私の隣にいる人物に向けてだが。

でもなんか、なんでだろう。





「ランスさん、そろそろ行きませんか・・・?」

「いえ・・・少し待って下さい」

「いや・・・あの本当に・・・」






死んでしまう


私は殺気の入り混じった視線をひしひしと受けながら、ただ真剣に商品を見ているランスさんの後ろで立っていることしか出来なかった。










そもそもこうなったのは私の一言が原因だった。












「あ」



私が声をあげて立ち止まれば、手を繋いでいた彼も自然に足を止めた。
目を輝かせて食い入るように見つめる私の視線の先を、彼はただスッと視線を向ける。




「熊・・・・ですか」

「いや、違います」




ピシャリと言い放つ私の言葉に、彼は不思議そうな顔をして目の前のぬいぐるみを見つめた。
どこからどうみても熊じゃないか。そう言いたそうな彼の横顔を、私は目を光らせながら視線を向ける。




「これは冬限定の、クリスマス・ホワイトミルキーベアーちゃんなんです」

「は」




ピクリと彼の綺麗な眉が動き、しかめっ面をして目の前にある熊をマジマジと見つめる。
すると彼は私から手を離し、カツカツと靴の音をならしがら熊のぬいぐるみが積まれている棚まで詰め寄った。




「どっからどう見てもただの熊じゃないですか・・・・」




聞こえないように小声でボソリと、彼が呟く。
私はそんな事も気にせず、その熊の姿にうっとりと目を輝かせた。





「こんな所で売ってたんだー・・!近所のデパートじゃ売ってなかったけど・・・こんな所でっ。かーわいいっ」

「・・・・かわいい?・・・コレが・・」

「あー、でもブラックビターベアーくんも可愛いなーっ」





白いふわふわの熊の横に置かれている焦げ茶色の色をした熊に私は視線を向けた。
私の言葉に反応したランスさんが同じ方向に視線を向ければ、更に難しい顔をしながら口元に手をそえた。
彼が2種類の熊を眉を寄せながら見つめブツブツ言っているのにも気にせずに、私は二つのぬいぐるみをひょいっと持ち上げる。


(本当に可愛いっ・・!)


これぞ至福の一時なんだろうか。
見ているだけで幸せになれるなんて単純だろうが、これが本当に可愛いのだ。
くりくりした目にピンクのリボンを付けた白い熊と、青いリボンを付けた茶色の熊を見つめながら、私は溜息を吐いた。







「あの人は・・・恥ずかしがってたもんなー」







私のその一言に、ランスさんの動きがピタリと止まったのが視界の隅で映った。
ゆっくりと彼の方へ視線を向ければ、彼は熊のぬいぐるみの耳と鼻をおもいっきり押さえて顔をぎゅっと潰していたとこだった。

・・・・・いったい何してるんだろう。

だが彼は熊からパッと手を離すと、不意に私の方へと振り返る。






「誰ですか、それは」

「・・・はい?」

「その、あの人 とは」

「あー・・・いや、ちょっと・・・ははは」

「・・・・・」

「あっ・・いや、バスケ部の先輩で・・・!よく遊んだというかなんと言うか・・・!」






彼の鋭い視線に、私は思わず固まってしまう。
此処に来る前の車の時とはまた違った彼の表情に、私は慌て始めた。



なんとかして誤魔化さなきゃ



そう思った私は熊のぬいぐるみを持ち上げて、ランスさんの顔の前までぐいっと近づけた。





「これ、恋人同士で交換すると結婚できるっていうので有名なぬいぐるみなんですよ!」

「結婚?」

「はい、たしか結婚式にも人気で名前が・・・・えっと・・・ウエルカム・・」





なんだっけ。
私が唸りながら考えている間にも、、彼は再び視線を熊に戻した。
そしてそれをひょいっと持ち上げ、まじまじと見るがすぐ後にある事に気付いたのか。
彼は熊を見比べながら、ボソリと呟く。




「これ、全部顔が違うのですね」

「そうなんですよ!よく気が付きましたね。こっから可愛い顔の子を探すのがまた大変で・・・」




まぁ結局全部可愛いんですがね。
そう言って私が笑っていると、彼は何を思ったのか。
少し考えた後にすぐ近くにいた店員さんを呼び止め、熊のぬいぐるみの山を指差しながら何かを言い出した。





「一番顔の言いやつを、一つずつ下さい」





え。



思わず店員さんも私も固まってしまった。
何を言い出すのかと思えば、そんなことを。いや、言ったのは私だけども でも・・・。
すると店員さんが少し困った顔をしながら、おずおずとランスさんを見上げて微笑んだ。






「顔には好みが御座いますので・・・申し訳ないのですがお客様ご本人でお決め頂いた方が宜しいかと」

「・・・・」

「あーっ、ら、ららランスさん!二階へ行きませんか?あの、このぬいぐるみならもう良いので・・・!」

「・・・そうですね」





納得してくれた彼にほっと胸を撫で下ろして、私は手に持っていた熊を元の位置に戻す。
だが彼の方へ振り向けば、逆に熊を次から次へと手当たり次第に手に掴み始めた。
私は思わずぎょっとし、彼の動きを止めようとしたが彼が真剣な顔で私に問いかけてくる。





「自分で決めたほうが良いそうですから」

「え・・・いや、あの」

「どれが良いんですか」





ただ純粋に熊を選んでいる彼の瞳に、不覚にも私の胸はキュンと締め付けられていた。
だが、クールな彼のギャップにときめいているのは私だけじゃなく、周りに居る女性の殆どを彼はひきつけていた。
スラリとしたルックスに、綺麗にスーツを着こなした美青年があのホワイトミルキーベアーを手にしている。
ただそれだけの事なのに、女性達の胸を鷲掴みにしてしまう甘い彼の雰囲気に周りは酔っていた。





「カッコいい・・・!」

「すっごく素敵な人・・・」

「いいなー、私もあの人のベアー欲しいなー」

「てかあの人彼女?」





ランスさんを見ていた視線が、自然に私にも集まってきた。
朝あのまま家を出てきたからそんなお洒落はしてい私は、どう見ても彼に不釣合いだろう。
そんな事は分かりきっているのに、何故だろうか。

周りの女性は私が彼の近くに居るだけで嫉妬し、痛い程の視線を向けてくるのだ。





耐え切れなくなって、私はついに彼におずおずと話かけた。







「ランスさん、そろそろ行きませんか・・・?」

「いえ・・・少し待って下さい」

「いや・・・あの本当に・・・」


















こうして熊と別の意味で格闘すること早20分ぐらいだろうか。
今に到るわけだが、彼はやっと決めたのか納得した二匹を店員さんに手渡した。





「これを」

「有難う御座います」




やっとのことで会計に向かうランスさんの後ろ姿を、私は呆然と眺めていた。
あんなに優しくて冷静でクールで 完璧な紳士を私は今まで見たことがなかったが、こんな彼にも意外な一面があったのか。

なんて言うか・・・―――





(少し可愛いかも・・・・ランスさん)





真剣に熊を眺めている所、写メっとけば良かったなぁ。
ただでさえ熊が可愛いのに、それにランスさんが加わったらその威力は絶大だ。
少し惜しい気持ちで私が唸っていると、もう会計をすませたのか。ランスさんが二つのラッピングされた袋を持って私の前までやってきた。






「遅くなってすみません、行きましょう」






何事も無かったかのように微笑む彼を、私は流石だと関心してしまった。
だがそれと同時に何故か少し可笑しく思ってしまい、私は少しだけ笑い声を漏らしてしまう。





「ふふっ・・・」

「どうしたのですか」

「いえ、なんか・・・・ランスさんって可愛いなぁって」

「・・・・私が?」




驚いたような顔で見つめてくる彼を、私は「はい」と言って答えた。
「そうですかね」と複雑そうな顔をして私の手を握る彼の顔を見て、私はまた笑ってしまう。
いい加減怒られるかな と思った私はチラリと彼の顔を見上げる。が、そこにはただ遠くの方を見ながら何かを呟く彼の姿があった。





「可愛い・・・・ねぇ」





ただそう呟きながら、彼の顔が一瞬冷たい表情をしたように見えたのは私の気のせいなのか。
心配になって彼の名前を呼べば、それに気付いたランスさんはハッとしたような顔をして私を見る。






「・・いえ、すみません。他にもいろいろ見て行きましょうか」

「あ、はい」






彼の手に引かれながら、私はただその背中を眺めることしか出来なかった。





だがら私は彼がどんな顔で、何を呟いていたのかも知ることもない。










「邪魔なのが居ますね・・・・」









鋭い視線の先に、一つの人影が壁の向こう側へと消えていった。








そんな事も知らず、私はもう一度後ろを振り向いて熊のぬいぐるみの棚を見つめた。



(そう言えば・・・結局名前思え出せなかったな・・・・なんだっけ、ウエルカム・・・)



未だに唸りながら、私は結婚式で使われる可愛い熊のぬいぐるみの姿を必死に頭の中に描く。


























ウエルカムベア・ドール



















「今日はどうでした?」

「楽しかったですっ・・・すっごく」

「それは良かったです」






ランスさんと過ごした時間はあっと言う間に過ぎ、いろいろな物を見ているうちに気付けば外は暗くなっていた。
少し夢中になりすぎていたかな とか思ったりもしたが彼は笑いながら「どうぞ」と言って最後までテンションの上がっていた私に付き合ってくれていたのだ。
なんと言うか、本当に紳士的で言葉も出ない。
こうして車に乗り家に向かっている今も、私はゆっくりと流れていく窓の外の景色を興味津々に見つめていた。
そしてそんな私を見て、またランスさんは小さく笑い声を漏らす。






「ちょっと少し良いですか?」

「え、あ・・・はい」





窓の外に意識を集中していたせいか、私は慌てて返事をしてしまった。
すると、いきなり運転をしていたランスさんが人影のない道へと車を移動させる。
それから少し真っ直ぐ進み 彼が車を止めたと同時に、私は目の前に広がる景色に目を見開く。
先程まで走っていた都会の街が、キラキラと輝きながら今遠くで見えている。

こんな秘密の場所をランスさんは知っていたのか・・なんだかデートって言ったら勿体無い程感激してしまう。





「すごい・・」





うっとりとその光を目に映しながら、私はランスさんに手をひかれ車から降りる。
少し肌寒いが、私は吹きかかる風も気にせずに前へと進み出た。夜景もだが、満天の星空もまた綺麗に輝いている。
街と車の光で輝く景色を見ながら私は息を吐くと、白くなってそれはすぐに消えた。
ぶるっと身震いをし、肌を擦れば隣にいたランスさんが何も言わずに肩を抱き寄せてくれる。
そして上を見上げれば、星のように綺麗な瞳が私に微笑んでいて まるで夢の世界にいるような錯覚におちいってしまった。





「あ、そういえば・・・・」





そう言って彼はごそごそと何かを探り出す。
そしてはい、とランスさんから渡された物に私は目を見開いた。
そこにはあのホワイトミルキーベアーがいて、彼はそれを何ともない顔で差し出してくれる。
私は感動し、震える手でそれを受け取ると彼は静かに微笑んで熊のリボンに何かをスッと入れた。





「どうぞ」





そこには朝私が持ってきた一本の薔薇があり、それは熊のピンクのリボンに可愛く飾られている。
いったい彼は何処まで計算し尽くしているんだろうか。
少し照れ顔になり、気を抜けばとんでもない顔をしてしまいそうになる顔を抑えながら 私はお礼を言おうと顔を上げた。





「あ」





するとランスさんの顔がすぐ近くにあって、私は不覚にもそれに見惚れてしまう。
吸い込まれるような甘い瞳に酔いそうになっていると、彼の吐息が微かに頬にかかったのに気付く。
そこで唇が触れそうなことに気付き、とっさに身を引こうと後ろへ下った。
が、彼の腕がしっかり私の背中にまわされいて、逆にぐっと引き寄せられる。






「ちょっ・・・あの・・・ランスさん」

「目・・」

「はい・・・?」

「目、閉じてください」

「いやっ・・・いやいやいやあのおお」

「早く・・・」





近づいてくる唇に私が戸惑っている間にも、彼の顔はどんどん迫ってきていた。
思わず私はぎゅっと目を閉じ、雰囲気をぶち壊すのを覚悟で手に持っていた熊を彼と私の間に入れる。

むにゅ

案の定、彼のキスは熊の鼻に落ち、気付いたランスさんが少し嫌そうな顔をしながらそれを睨んだ。
はぁ と重い溜息を一つ吐き、そのまま彼は私から離れると車へと向かった。





「おわずけですか」





微笑む彼の顔が危険な香りを漂わせていて、私の心臓はバクバクと高鳴った。



(本当に、心臓に悪い・・・)



ふぅ、と息を吐いて私は自分の胸を押さえる。
そしてランスさんに助手席のドアを開けてもらい、彼にエスコートされるがままに私は車へと乗り込んだ。
もう少し夜景を見れるんじゃ・・と惜しい気もしたが、彼にも都合があるので私は素直に椅子に座る。
続いて運転席に乗った彼はドアを閉めた後、鍵をロックするだけでエンジンをかけずに、少しの間何か考え事をしていた。
それを不思議に思った私は彼を見ると、バチリと視線がぶつかる。






「突然ですが、私の事どう思いますか」

「え」





本当に突然な事に私は少し慌てた。いきなりどうしたんだろうか、ランスさん。
それでも言わなくちゃいけなくて、うーんと少し考えた後、私は今朝から今までの事を思い出しながら彼に答えた。






「やっぱり・・・少し近寄りがたいって言うのはありますけど・・。でも優しくて、素敵な人だなって思いますよ」






面と向かって答えるのは凄く恥ずかしいが、私はランスさんに微笑みながらそう言った。
だがそう言った後の彼の返答は無く、ただ車内は沈黙に包まれただけ。
星や月の光で照らされている車の中は薄暗く彼の表情があまり見えないせいか、少しだけ私の頭に不安が過ぎる。






「あの・・・」






だが声をかければ、それに気付いたランスさんはちゃんと笑ってくれた。
私はそのことでひとまず安心していると、何故か彼は笑い出した。
クツクツと喉で笑いながら手で顔を覆い、チラリと横目で私を見る。



ぞくっ・・




そして私が彼の顔を見た瞬間、何体中に緊張がはしる。
月の光で半分陰っている顔は、あまり落ち着くものではない。寧ろ少しだけ、怖かった。
またあの時の、アポロさんといた時に見たような鋭い目で彼は私を見下ろす。






「優しくて、素敵ですか」






かくっと椅子が揺れ、私は驚いて後ろに視線を向ける。
ランスさんが身を乗り出し、私の助手席のレバーを押して椅子を全部倒していたのを理解するのに、少しだけ時間がかかった。
そしてそのまま手首を押さえられ、股の間に彼の膝が忍び込みしっかりと逃げられないようにされる。
面白そうに見下ろしてくるランスさんの顔を見ながら、私の身体は蛇に睨まれたように凍りついた。






「馬鹿ですね・・・本当に」

「ラ・・・ンスさん」

「女は単純ですよね・・・優しく声をかければコロコロと信用してしまうのですから・・・」





そう言って近づいてくる顔に、私は必死に顔を背ける。
だが首筋に感じるザラリとした感覚に、私の身体はビクリと震えた。
そのまま彼に噛み付かれ、痕が付くようにキツく吸い上げられる。
ビクビクと微かに震える身体を、私は抵抗しようと必死に腕を動かした。





「ちょっ・・・!やだっ・・・やめ・・・・」

「男って言うのは、女が泣けば素直にやめる生き物じゃないんですよ」

「いやでも・・・本当にヤダですってば・・!」





だんだん下っていく舌に私は嫌な予感がし、視線を向ければ胸元のボタンを器用に口で開いているランスさんの姿が視界に映った。
このまま私は犯されるのか、そう思って瞳に涙をためて耐えている間にも行為は進んでいく。

(どうして・・・ランスさん、なんでっ・・・)

私は騙されていたのか。
だとすると今までの優しい彼は演技だったと言うことになる。では今こうして冷たく嘲笑っているのが、本当のランスさんなのか。





「いやっ」






私なんか貧乳だし、欲情できないって・・!
女としてのコンプレックスに対し、少し私の心は傷ついていた。


ああ、私どうなるの・・・・・


目じりに涙をため、ぼうっと窓の外を眺めたその時だった。
視界に映りこんだ人影に目を見開き、「あっ」と私は声を上げてしまう。
最初は私の声を気にも止めずに彼は行為を続けたが、コンコンッと窓をノックされ、さすがにそれに気付いたランスさんが嫌そうな顔をしながら顔を上げる。


すると窓の外でニヤリと笑った人物を瞳に映したとたん、ランスさんの目が驚いたように見開かれた。





「あなたは・・・!」






驚きを隠せないような顔をしながら、苛立ちの表情で窓の外にいる人物を暫く見つめた。
するとランスさんは小さく舌打ちをし、「やはりそうでしたか・・・」と言って私の上からゆっくりと退く。
やがて諦めたかのように窓を開けたランスさんに私は疑問の眼差しを向けると、彼はボソリと呟いてくる。







「こっそり後を追ってくるなんて・・・・趣味悪いですよ」

「お前に言われたくねーんだけどなぁ。ってか女口説く時に毎回此処に来てちゃバレバレだっつうの」






窓の外でニヤリと笑った彼の顔は、私のよく知る人だった。






















NEXT→

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

NAGEEEE−な話でした今回は(殴
ちょっとアハンな話が書きたかったのですが、何それ美味しいの状態でした。そんなの私は知らない。
だから書けずに、10回も見直して5回も書き直すんです、はい(貴様

とにかくやっと彼が出せてよかった

台詞だけ←



10/11/07



[*前へ]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!