■耳から始まる恋もある!
5
「…やっと見つけたぜ。"ヨイチ"くん?」
次の日の昼。
昨日と同様にキョーと昼ご飯を食べていた俺の前には、何故か会長の姿。
机の横に立っている会長に、俺はポロリと口からパンを零しながら、茫然とそれを見上げた。
慌ててキョーを見るも、驚いているからキョーの恋人の仕業ではなさそうだ。
昨日キョーに、親衛隊が動いたら厄介だから、万一に備えて暫くは大人しくしとくんだよ…と言われたのに、会長から来てしまった場合はどうしたらいいんだ?
とにかくテンパって、うろうろと視線を彷徨わせていると、会長から再び声。
「昨日は随分な態度をありがとよ。」
そう言いながら、ペチンと頭に乗せられたのは化学のノートだった。
そうだ、昨日取られたままだった。
余りに衝撃的なことが続いて、そんなこと頭から吹っ飛んでいたのだ。
「…あ、…あ、りがと、ございます。」
なんとか声を絞り出す。
声がみっともなく震え、緊張のあまり、涙まで浮かんできた。
「全くだ。何だよ、ヨイチって。」
会長が指さすのは、ノートに書かれた「ヨイチ」という文字。
あるクラスメイトがふざけて書いたものだった。
「…。」
「ま、那須だからだろーけど。すぐ見つかると思ったのに、意外とかかったからなぁ…。」
そのまま、会長の話を聞いていると、どうやらヨイチという名前の生徒が三人程居たそうだ。
その全員に会ったという。
どいつも違ったから焦ったぜ…という会長に、俺はすみません…と小さく謝った。
いつになく喋る会長に、ドクドクいう心臓が煩い。
声に聞き入りそうになる反面、身体の一部分が、異常な反応を見せていた。
バレるな…と心の中で必死に念じながら、俯いて時が過ぎるのをじっと待った。
随分失礼な態度だというのは分かっている。
でも、顔を上げられないのだ…。
「…おい、ヨイチ?」
「あ、え?は、はい。」
トントンと机を叩かれて、思わず顔を上げてしまう。
ガチリとかちあった視線に固まる俺に、会長はニヤリと笑った。
一気にその顔が近づいたと思ったら、ちゅっと可愛らしい音に、キャーッという大勢の悲鳴。
唇に何かが一瞬触れ、そして離れる。
「手間賃として、貰っとく。」
完全に思考停止している俺に、会長はクツクツと笑って、またな…、と教室を去っていった。
「…これ、夢だよね。」
「…ヨイチ、現実。」
「…、…、……マジ?」
茫然としながら俺が呟くと、キョーにポンと肩を叩かれる。
どうやら現実のようだ。
しかし、俺はこの後に起こる重大な出来事に、まだ気付く余地もないのだった。
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