寝言マジック☆ これは夜這いじゃない。 誰に言い聞かせる訳でもなく神威はそう呟いた。此処は春雨第七師団の船内、ついでに付け足すなら副団長である阿伏兎の自室の、それも必要最低限な物しか置かれていない部屋の中で一番使われているベッドの前だ。 阿伏兎と言えば、侵入者に気づくこと無く(相手が神威だからと油断しているのであって、普段夜兎である彼が他人の侵入をこうも容易く許す事はまず無い)一定の寝息と微かに律動する胸元。年のわりにはイビキも無く静かに眠っていた。 これは、夜這いじゃない。 その顔を覗き込みながら、バレぬように自分と反対側のベッドへ片足を伸ばした神威は阿伏兎に跨がるように上下に動く胸元へ腰を降ろし呟いた。 「っ、…団、長」 すると、重みからか一度身動ぎをした阿伏兎がそう口にした。 あ、バレちゃったかな? そう思って弁解の言葉を口にしようとした神威だったが再び阿伏兎を見遣れば、その目は閉ざされたままで、呼吸も寝息もそのままだった。 「……寝言?」 ただ違ったのは、先程まで穏やかだった眉間に皺が寄り心なしか魘されているようだった。 俺の夢、悪夢なのかな……。 確かに、普段から天上天下唯我独尊な彼である。阿伏兎に掛かるストレスも仕事の量も、悪夢になってもおかしくない程だ。表には出さないが、自覚はしていた。けれど阿伏兎は何時だって笑って許していてくれたので問題ではないと思っていた。 それでも、魘されているのは事実。 ……やっぱり、止めよっかな。 そう思うと何故だか悲しくなってきたのか、心が訳の分からないモヤモヤした雲に覆われてしまった神威が体を離そうとした……時だ。 「い、くな……かむ、い」 「え、阿伏兎?」 今まで寝ていた筈の、いや今も夢の中であろう阿伏兎が普段口にすることのない名前を呼び、両掌がシーツを強く掴んだ。 「……ああ、そっか」 途端にふにゃりと気の抜けた笑みを見せた神威が、不意に呟く。 阿伏兎が見てるのは、俺に対する嫌悪感が作り出した悪夢じゃなく。 俺が阿伏兎の傍から居なくなる悪夢。 「大丈夫、俺は此処にいるから」 そう言った神威は眠って無防備な唇へ己の顔を近付け触れるだけのキスをした。 胸のモヤモヤは、もう無い。 寝言マジック そのたった一言に、移り変わる感情。 (……団長?) (あ、阿伏兎起きたんだ) (…ボソッ…良かった、) (ん?なんかいった?) (なんでもありませんよ) (ニヨニヨ^^) [*前へ][次へ#] [戻る] |