03-07
「不運だな。荒川の舎弟になんざなっちまうなんて。まあ、そのおかげで? お前はラッキーなことに俺に出会えたんだがな」
ヒッジョーにアンラッキーだよ、チクショウめ。精一杯毒を吐く。あくまでも心の中で。
「荒川と俺の関係、噂くらいだったら知っているだろ」
「あ……あまり仲が宜しくないとかナントカって程度なら耳にしましたけど」
「それだけ知っていたら上等だ。俺と荒川は、噂以上の仲でな。互い顔を合わすだけで虫唾が走る。無論、荒川とつるんでいる奴等も虫唾が走って仕方がねぇ」
んじゃ、つるんでいる俺も非常に虫唾が走るのでは? 見透かしたように俺の疑問に日賀野は答えてくれる。
「舎弟がこんなプレインボーイとは思わなかったからな。正直言って拍子抜けって気分だな」
「ひょ、拍子抜け……」
「なんだ? 虫唾が走るって言われた方が良かったか?」
面白いヤツだな、日賀野が小ばかにしてくる。
いつもだったらカチンくるところだけど、恐怖の方が勝って頭にくることはなかった。早くコイツから解放されてぇ。家に帰りてぇ。不可能に近いことを懇願してしまった。
「プレインボーイ。俺達の中で舎弟を作るってどういう意味か分かるか?」
なんでそんな質問してくるんだろう? 疑問を抱きながら答えた。
「……弟分を作ってことですか」
「ま、弟分ってのも半分当たっているが、俺達が舎弟を作るってことはソイツに“背中を預ける”ってことだ。分かるか? クッサく言えば誰よりもソイツに信頼を寄せるんだよ。自分の後継者を作ったことにもなる」
「じゃあ、俺は今ヨウの背中を預かっていることですか? そりゃちょっと荷が重いっつーか、無理っつーか……こ、後継者? 俺がヨウの?!」
「なんだ。それさえ教えてねぇのか、アイツは」
あの喧嘩の強い、顔がイケてて女の子にモテモテのヨウの後継者だって? 地味で平凡で喧嘩に弱い俺が後継者。
女の子にモテないし、彼女作ったコトだってないし……嫌味だ。そんなの、嫌味の他に何もねえよ。ヨウは俺に嫌がらせをしたかったのか。
……いやヨウの場合は、
「多分面白半分に舎弟にしたんだろうな、俺のこと。うん、あいつならきっとそうだ」
「だろうな。アイツはそういうヤツだ。フツーはプレインボーイを舎弟にしないしな。ま、お前が面白いっていうのは分かるがな」
全体重を肩に乗せてくる。ハッキリ言って重てぇ。スッゲー重てぇ。
「なあ、プレインボーイ。背中を預けた奴から刺されたら、アイツはどんな顔をすると思う?」
感じていた重たさが吹き飛んだ。
恐れていた日賀野の顔を凝視して、俺は言葉を詰まらせる。察しがいいとばかりにニヤ付いてくる日賀野は、俺の耳元でそっと囁いた。
「意味、分かるな?」
「ッ、ま、ま、待ってくれよ! 俺、ヨウの舎弟なんだ。そこらへん……分かって……ヨウを裏切れってことか?」
「ああ、分かっているぜ。アイツにとって苦痛の一つは信頼を寄せていた奴に裏切られること。プレインボーイ、お前、俺の舎弟になれ」
日賀野の舎弟、に、俺が?
「ヨウの舎弟……やめろってことかよ」
「別にアイツの舎弟なんざやめろとは言ってねぇだろ? 今までどおり、表ではアイツの舎弟に成り下がっとけばイイ。ただし裏では俺の舎弟にも成り下がっとけっていうことだ」
日賀野の考えていることが手に取るように分かる。
表面上はヨウの舎弟に成り下がっておいて、実は日賀野の舎弟として動けって言いたいんだろ。ヨウの舎弟の立場にいる俺を利用して、あいつを何かしらの方法で貶めようとしているんだ。心臓を射抜くような視線が俺に教えてくれる。
俺は目を背けた。
そんなこと出来る筈ないじゃないか。そりゃヨウのせいで災難ばっかり降りかかっているけど、ヨウを憎むほど恨みなんか無いし、ヨウを裏切るようなことはしたくない。
知り合って日は浅いけど、あいつが仲間思いだってことも知っているし、馬鹿みたいにひとりで突っ走ることも知っている。
あの騒動のことで礼を言ってくれたヨウを思い出すと、俺、尚更裏切るなんて。黙り込む俺に日賀野が口笛を吹いて、口角をつり上げる。
「現状を見ろよ。このままだとお前、どーなりそうだと思う?」
「でも……」
「利口になった方がお前の為なんだがなッ、と!」
「と、利二!」
日賀野の踵が隣にいた利二の腹部に食い込んだ。利二は息を詰まらせてその場に座り込む。
眉を寄せて喰らった蹴りに悶える利二は、擦れた声で俺に大丈夫だと告げてきた。やせ我慢だってのは誰が見ても一目瞭然。
喧嘩慣れしている日賀野の蹴りだぜ。痛いを越えている筈。日賀野はニヒルに笑って俺を見下してきた。
「カワイソーに。さっさと返事を出さないから、オトモダチがおイタな思いしてるじゃねえか。どうする? もう一発、オトモダチに蹴りお見舞いしてやってもいいが」
「これは俺とあんたの問題ッ、利二は関係ないじゃないか! 利二は不良でも、俺みたいに舎弟でも」
「お前と関係を持っている。理由はそれだけで十分じゃねぇか?」
言葉に詰まった。
きっと俺がまた黙り込んで迷う素振りを見せれば、日賀野は利二に危害を加える。俺だけの問題が利二にまで降りかかるなんて。
下唇を噛み締めて、俺は握り拳を作った。
ヨウ……お前のこと、嫌いじゃないぜ。お前、不良で母音に一々濁点付けて恐いとこあるけど、話していて俺と同じ普通の高校生だってのも分かったし、仲間の為に必死こいて走る姿、知れて良かったと思うし。遠回し礼を言ってきてくれたこと、正直スッゲェ嬉しかったんだ。お前のこと、やっぱ裏切りたくなんかねぇ。
でも俺にとって利二も大事な友達なんだ。薄情だけど、親身になって俺の話に耳傾けて、純粋に心配してきてくれる大事な友達なんだ。
だから。
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