01-05
「先客がいるぅ。僕ちゃーんより先に来てるのは、ヨウちゃーんじゃーん」
あの、あのヨウをチャン付け? 俺の心臓が飛び上がるかと思った。
ぎこちなく声の方を見れば、俺はマジ泣きたくなった。教室に帰りたくなった。
数メートル先に不良がいる。不良がいるよ。こっちに接近しているよ。
ニヤニヤしながらこっちに来ている不良サマの髪、オレンジ色だよ。
オレンジってさ、オレンジって日本人の髪に合わないと思うんだよ。
俺的にはさ。やっぱ日本人って黒じゃね? 頑張って茶髪が似合うんだと思う。
なんて感じるのは俺だけ? 長めのオレンジの髪にヘアピンしているしさ。
しかも、俺はこの人を知っている。
俺等の学年じゃ、いや学校じゃ超有名な人。
荒川庸一のお仲間、貫名 渉(ぬきな わたる)だよ。
つまりヨウとおんなじ不良仲間ってことだよ。
ある都市伝説によれば、カツアゲが大好きだとか。
ある架空伝説によれば、老若男女関係無しにカツアゲしてしまうとか。
ある不良伝説によれば、お金大好きで仕方がないカツアゲマンヤローとか。
総合的にいえば、カツアゲ好き。略してカツ好き。
あれ? 意味が違ってくる? ただのカツが好きな奴って意味になっているよ。あははは、参ったなこりゃ。
……阿呆なこと言っている場合じゃないよ! 俺、ピンチじゃん! 大大大大大ピンチじゃん!
心の中で震え上がっている俺の隣で、ヨウはダルそうな顔をして貫名渉を一瞥。
でも直ぐに目を閉じて欠伸を噛み締めていた。
かの有名な貫名渉にそんな態度取れるなんて、さすが荒川庸一。お前も有名だもんな。恐いもんな。不良だもんな。
貫名渉は「ツレないねぇ……」と言い、俺達の目の前までやって来た。
嗚呼、もう、俺、この場から消えてしまいたい。
「んんん? 君ぃー」
「はっ、はい。ナンデショウカ?」
「歳に似合わず、健康オタクなのぉー?」
持っている紙パックを指差してニヤニヤと笑ってくる。
対して俺は引き攣り笑い。
俺が飲みたくて飲んだと思っているのか? それは違うぜ。ヨウが奢って下さったから、一応飲まないとイケないと思ったんだよ! と、心の中で強気に言ってみる。
そして現実の俺は「豆乳は歩いてこない。だから毎日飲むんだね……みたいな感じです」
理想と現実って違うよな。
うん、やっぱ不良相手に強気口調なんて大それたことデキねぇって。 貫名渉は俺の言葉に思い切り噴き出してきた。
「一日一本、三日で三本! って、うわっお! それは一昔前の牛乳のCMじゃん!」
ツッコんでくれて嬉しいです。
嬉しいですけど、あんた恐いッ、痛い! だって下唇にピアスが、ピアスが刺さってるッ、見ているだけでイターイ!
「君みたいな地味な子が、どーしてヨウといるのかなぁー?」
きょろっと二つの目玉が俺を捉える。どことなく探りを入れている目だ。
「いや、実は」
事情を説明しようとするとストップコールが掛かる。
「待ってよぉ。僕ちゃーん、推理するから」
推理……するほどでもないんだけどな。
取り敢えず、これだけは言いたい。
荒川庸一と俺だって好き好んでいるわけじゃないぞ。
地味な俺が派手ちゃんなヨウと一緒に居るワケはな。一緒に居るワケは、
「ヨウちゃーんのパシリー」
……ですよねぇ。最初は誰だってパシリって思うよな。
「ッハ、残念外れだ。ワタル」
ヨウが貫名渉を鼻で笑った。片眉を吊り上げて、貫名渉が唸り声を上げる。
「あー! 隠れいとことかぁ?」
断じて! 俺は荒川庸一のいとこではない!
こんないとこがいたら俺、泣くね。絶対泣くね。
ヨウも違うと否定している。貫名渉は悩んだ顔を作り、ヨウの顔を一瞥する。
「ヒントちょーだい」
「あ゛? ヒントだぁ?」
「だから、どうして……母音に濁点を付けるんだ。恐いんだっつーの」
「何か言ったか?」
「え? な、な、何でもねぇよ? ヨウ」
あははは。お前のこと、恐いんだよチクショーめ。
そう腹の底から言えたらどんなに気持ちイイだろう。
ヨウは少し考えて、貫名渉に「チャリ」と俺を親指で差す。
すると貫名渉は手を叩いて、「チャリ爆走男?」と俺の顔を覗き込んできた。
そんなに近くに寄らないで下さい。
下唇についているピアスがスッゴク痛々しく至近距離で見えるんですよ。
「君がヨウちゃーんが話していた噂のチャリ男かぁー」
「う、噂になっているとは光栄デスネ」
「だって僕ちゃーん達の間じゃ有名だよ? ヨウがあんなに爆笑しながら話していたんだし」
「ククッ、今も思い出しただけで爆笑だな」
「そんなに爆笑したような行動を起こしたつもりはないんだけどな」
「ということは、チャリを通じたオトモダチってところかなぁー?」
荒川庸一のオトモダチ。の、範囲だったら俺も安心して泣いて喜んだよ。
「ッハ、残念。また外れだ」
「もう、んじゃあ何? 焦らしプレイやめてくれるー? 僕ちゃーん、そろそろ限界。降参」
両手を上げる貫名渉に、ヨウが口端つり上げた。
「んじゃ、もう一つヒントだ。こいつ田山圭太に俺は“ケイ”とあだ名を付けた。こいつは俺の弟だ」
「あだ名? ケイ? 弟? ……うっわーお! 僕ちゃーん、びっくりマンボー!」
「分かったか?」
「モッチロン。いやぁ、ヨウも舎弟を作るなんてお茶目なことする奴だったんだー。僕ちゃーん、驚き!」
面白おかしく笑う貫名渉、同じように荒川庸一が「だろぉ」と笑っている。笑うってイイことだよな。笑う門には福来るってよく云うしな。
でもさ、でもさ、俺、ゼンッゼン笑えないんですけど! 俺にも笑いが欲しいよ。福が欲しいよ。デキればこの場から逃げ出したいよ。
笑っている二人の隣で俺はどんより落ち込んだ。
一頻り笑った貫名渉は俺達と同じように階段の段に座ると、俺の頭を鷲掴みしてグリグリと撫でてくる。
「よろぴく。ケイちゃーん」
「アイダダダダ! い、痛いッ! ええっとっ」
「ワタルでよろぴく。うわぁ、ホント、染めてない髪。天然物だねぇー。染めないの?」
「イデー! 髪引っ張らないでくれ!」
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