01-22
静寂が俺達の間に下りる。
すぐさま空気を裂くために俺は手を叩き、
「あ。もうご飯の時間だ」
俺お腹減っちゃった。
てへっと明るい声を出して、元気よく障子を全開にした。先に行ってます、びしっと手を挙げて縁側に出る。
「あ、豊福。何処に行くんだい」
止める王子を自室に置いて、鼻歌を歌いながら三和土(たたき)へ。
草履を突っかけると早足、いや小走り、いやいや全力疾走でその場から逃げた。
阿呆な草食受け身くんは持ち前の逃げ足を発揮した。
「うーん。友人のアドバイスを元に攻め方を変えてみたけど、これは逆効果だったかな。こういう受け身誘導は性に合わない」
なんぞと自室で独り言を漏らしている御堂先輩の心境など露知らず、俺は庭園を突風の如く駆け抜ける。
蔵まで逃げるとその場で頭を抱え、「死にたいィイイイ!」俺はどこぞの少女漫画ヒロインだと喚き叫んだ。
なあにがファンの子に差し入れを貰っている先輩は嫌ですカッコ疑問符カッコ閉じる、だよ!
いいじゃんかよファンの子にお菓子や雑貨を貰うくらいっ!
先輩にファンがいてもいいじゃんか、差し入れくらいあってもいいじゃんか!
俺は嫉妬深いB級ヒロインか!
咄嗟に思いついた言葉とはいえ、これは酷過ぎる。
女の子が言うなら「可愛い奴だなこ・い・つ」だけど、男が言うと「あぁん?」の一言に尽きる。唾を吐きかけたくなる一面である。
「残念すぎる。ヒロインになるなら、もう少し可愛いヒロインを演じたかった」
その前に豊福空は男ゆえにかわゆいヒロインは無理だろうけど。
深いため息を零し、俺は蔵に背を預けてその場にしゃがみ込む。
どうしよう、変な展開になったせいで、ますますプレゼントが渡し難くなった。
お前が言うときもい台詞を吐いたせいで王子と顔を合わせづらくなった。どうしてこうなった?
「しかもファンの子は手作りか」
同じ贈り物大作戦を取りながらファンは凝った手作りで、俺は既存品購入。お友達と色違いのキーホルダーを買って貰ったときているだなんて……もっと別の物を買った方が良いかもしれない。
プレゼントとはいえ、あれは安価なものだしな。先輩が気に入るかどうかも分からないし……買いなおすべきかも。
と、こういう風に悩む時点で俺は残念ヒロインポジションなんだよ。
なりふり構わず雄々しい態度でどどーんとプレゼントしちまえばいいのに。このヘタレ。
先輩を守ると決めたくせにヘタレてどーするのよ俺。
つくづく自分の逃げる性格が嫌になるな。
「……でもなぁ」
先輩にプレゼントするのは踏みとどまろう。
一日これで良いか悩んで、決心がついたら渡そうかな。
何かしら喧嘩した後の謝罪メールだって打ってすぐ送るのはご法度だろう?
一度メールを寝かせて、冷静になった上で送らないと余計拗れかねない。
あれと同じでプレゼントも渡す渡さないと今日で決めてしまうのはあまりにも惜しい。
一応真剣に悩みながら買った贈り物ではあるしさ。
うん、そうしよう。ちょっと寝かせてじっくり考えてみよう。
風に乗った土のにおいが鼻腔を擽る。
肺一杯に吸い込み土の香りを楽しんでいると、灯篭が一帯を照らす庭園の向こうから声が聞こえた。
この声は御堂先輩。飛び出した俺を探しに来てくれたようだ。
先に大間に行ってくれても良かったのに、あの人は優しいから探しに来てくれたんだろうな。
体を起こすと俺は返事をして声の方角へ向かった。彼女と夕飯を取るために。
こうしてプレゼント渡しを先延ばしにしようと決めた俺は、今日のことは彼女に一切喋るまいと口を結んだ。
明日以降に渡しても問題は無いだろう。
プレゼントを買いなおすかどうか、後でじっくり考えたい……と、思っていたのだけれど、俺は彼女の反応を心待ちにしている輩達がいることをすっかり失念していた。
そう、蘭子さんとさと子ちゃんだ。
女の子は非常にお喋りのようで彼女達は既に何人かに俺のプレゼント計画を喋ったらしい。
仕事から帰宅した御堂夫妻と夕飯を取っていると、一子さんから意味深長に「玲。何を貰ったの?」とニコニコ笑顔で話題を振られた。
お吸い物を噴き出しそうになる俺の隣で御堂先輩が何の話だときょん顔を作る。
彼女はファンの子から貰った差し入れの話かと思ったようで、手作りのブラウニーやミサンガだと答えた。
あと今日遊んだ友人からキーホルダーを買って貰ったことを報告する。
すると源二さんがくつくつと喉を鳴らすように笑い、「まだ渡してないようだね」これは野暮な話題を振ってしまったと俺をチラ見。
「蘭子から話を聞いたものだから。私達も中身がどうしても気になったんだよ」
「父さま。何のお話でしょうか?」
や、やめて源二さんっ、微笑ましそうに俺を見ないで! 今さっき先延ばしを決めたばっかりなのに!
心中でストップコールを叫ぶのだけれど、所詮心の中の声。
相手に聞こえる筈もなく、
「それは空くんに聞けば良いさ」
と片目を瞑り、熱燗をお猪口に向けて傾ける。
様子を見る限り、一部始終を聞いているようだ。
隣人の視線が俺に流れてきた。
ジッと見つめてくる御堂先輩の視線から必死に逃げていたけれど、御堂夫妻のあたたかな眼も加わっているため俺の逃げ道はあっという間に塞がれてしまう。
嗚呼、俺の決意がもろくも崩れていく。
人生って空回りばっかりだな。ちっとも上手くいかねぇもん。
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