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「いつか空を必ず奪い返しにいくさ」



□ ■ □



「豊福。おい豊福はいるか?」



怒涛の休日は明け、憂鬱とたとえられるが多い月曜日。

午前中の授業を終えた俺の下に一学年上の大雅先輩が訪れる。

例のごとく昼食のお誘いだろうか?

それにしては俺に用事がありそうな面持ちをしているのだけれど。


「いねぇのか?」


大雅先輩が教室にずかずかと入って来る。

俺を見つけるや否や、いるじゃないかと文句垂れる先輩。

なんで返事をしないのだと不機嫌面を作る彼だけど、その表情も俺の消沈した姿を目の当たりにして崩れてしまう。


「ど、どうしたんだよ豊福。お前、すっげぇ疲れているみてぇだけど」


机に伏している俺におずおず声を掛けてくる俺様。

それにすら反応できずにちーんと机に沈んでいる俺に、「あ、あのよ」ちょっと聞きたいことがあるんだが、大雅先輩は話を続ける。


「土日に兄貴が俺のスマホを勝手に持ち出したんだ。どうやらスマホを持ったまま遊びに行っていたらしい。
返してもらったはいいが、なんで俺のスマホを持ち出したのか全然理由が見えなくてよ。兄貴に聞いてもへらへら笑うだけだし。で、着信履歴に土曜日付けでお前の名前が幾つかあったんだから、豊福に連絡を寄こしたんだと分かって……何か知っているか?」


先輩の言葉にようやく反応を示すことができる力が湧いてきた。

ゆらっと上体を起こすと、「土曜日っすか?」ははっ、楽しい休日でしたよ。俺は遠目を作って空笑いを零す。


「先輩のお兄さんはとても愉快な人っすね。人の職場に乗り込んでバイト中の俺に自分専用の接客をしてくれるよう頼んだり、お金を払うと言ったり、制服を捲ったり。お兄さんにゲイ疑惑が向けられてもなんのそのでした。いやぁ、あの肝、俺にも分けて欲しいな」


バイト後はドライブがてらに夜の水族館に行って大はしゃぎ。

静かな水族館に一杯に声を響かせ、「マンボウだ!」やら「サメすごいねぇ!」やら、人の腕を引いてあっちこっち水槽を見て回ったっけ。最終的にはクラゲのいる水槽からちっとも離れなくて閉園までそこにいたという。

水族館は初めてだったけど、まさか野郎二人で行くとは夢にも思わなかったな。


夜の水族館も有意義に楽しんだ後は夕食を奢ってくれたっけ。美味しかったな、イタリアン料理。

これで解散かと思いきやオールナイトを楽しもうじゃないかと楓さんは言い出して……しくしくと夜景を観に行ったという。

しかも本人は途中で運転疲れしたのか、はしゃぎ疲れたのか、眠いと欠伸を零し始め、結局ホテルに泊まったというね。俺はお家に帰りたかったのだけれど。


翌日はリフレッシュした楓さんとウィンドウショッピング祭り。

あれやらこれやら店に連れてってもらったよ。

楽しかった、楽しかったけど、ものすっごく疲れた。


今しばらく遠出はごめんなさいと思うほどに。


「楓さんは電波青年と聞いていましたが、とても納得しました。ふふっ、ふははっ、俺の話をちっとも聞いてくれないお兄さんいけずぅ! 俺もあんなお兄さん欲しいなぁ! 毎日が楽しいだろうなぁ! どうしようっ、俺、バイト先でゲイに目を付けられている疑惑がっ!」


こんな噂が婚約者達の耳に入れば、きーっと素敵で楽ちいお仕置きタイムが始まるに違いない! もう既にフラグは立っているんっすけどね!

口元に手を当てて馬鹿みたいに愉快だと高笑いをする俺は、取り敢えず自分の知っている楓さんの行動はこんなものだと軽くもろ手を挙げた。

大概で俺も疲れているようだ。テンションがヤケクソもヤケクソ、気力を搾り出すハイテンションだ。


俺の様子に吐息をついたのは大雅先輩である。

ぐるっと俺の右横に回ると人の両肩に手を置き、体の向きを無理やり己の方へ変えた。 

ジッと見据えてくる大雅先輩をじーっと見つめ返すと、某俺様は重い口を開いてこうのたまう。


「この度は愚兄が多大な迷惑を掛けた。全身全霊を篭めて詫びを申し上げる。あの馬鹿には俺がよーく言ってきかせるから。いや、まじ、なんっつーか、俺から言えることはひとつ……すまん」

「いえいえ、この度は楽しいお時間を過ごさせていただきました。水族館も夕飯もお兄さん持ちでしたから。ただバイト中に起こした素行だけは正すように言ってくださると嬉しいといいますか。誤解をされるとお互いに身を滅ぼしかねないといいますか。お兄さんには、もう少し人の話を聞いてくれるよう躾けなおして欲しいといいますか」


「それができたら俺も苦労してねぇんだ」半分冗談、半分本音で言うと大雅先輩が苦々しく返す。

なるほど俺様も実兄の電波にはつくづく苦労しているようだ。表情が険しい。自然と双方の間に沈黙が落ちた。


なんとも言えない複雑な感情が胸に広がるせいで会話が途切れてしまう。


この気まずい空気が破られたのは第三者の声によってだった。

あたし様のこと鈴理先輩がひょっこり俺の教室に顔を出してきたんだ。予想しなくとも分かる、彼女は俺を昼食に誘いに来たのだろう。下心ありで。

足軽に歩んでくる彼女は俺達の様子に首を傾げ、何をしているのだと話の輪に入ってくる。

苦い顔を作ったまま大雅先輩が事情を話すと、「ああ。楓さんか」あの人の電波には敵わないな、と鈴理先輩は苦笑を零した。


幼少からの付き合いゆえに楓さんの電波はよくご存知のようだ。


「しかし。何故空の下に?」


あたし様は続けざま、素朴な疑問を投げた。

楓さんとは片手指で数えられるほどの接点しかないのでは?

話題を切り出され、大雅先輩は確かにそうだと意味深長に眼を向けてくる。


兄とは殆ど面識がないのでは?

質問を投げかけ、俺の下に訪れた理由を求めてくる。


自然と口を閉じてしまった。

楓さんの真の目的を二人に告げても良いのだろうか? 一切合財口止めはされなかったけれど……。


でも俺は遅かれ早かれ二人に相談を持ちかける予定だった。

財閥界のことはてんで無知な俺だ。

迷惑を掛けまいと一人で抱え込んで独り善がりな行動を取っても、結局は周りに多大な迷惑と心配を掛けてしまう。いつぞか学んだ教訓は生かすべきだろう。


楓さんには悪いけれど、俺にとって信頼が置ける比重は彼よりも目前の先輩達なのだ。




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あきゅろす。
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