01-12
「豊福くん。玲ちゃんを守りたいんだろう? なら彼女が御堂淳蔵に向かって突っ走らないよう、率先して財閥界に立ち向かうことが大切だと僕は思う。婚約者である以上、財閥界を生き抜くための知識を身につけないと。
君は並の令息令嬢には劣っているだろう。けど、もしかすると庶民出だからこそ優秀な点もあるかもしれない」
「庶民出だからこそ?」「そうだよ」財閥の人間にはない出でた才があるかもしれない。それが武器になれば本望だね、楓さんは口角を緩めると辛気臭いは仕舞いだとハンドルを握りなおした。
今日はこんな話をするために来たのではない。
思う存分遊ぶために来たのだと笑声を零す二階堂家長男。
そういえば、この車は一体何処へ向かっているのだろうか。
なおざりで車に乗り込み相手に運転を委ねていたけれど……俺の住む地域はとっくに過ぎている。
遠目で車窓を眺めていると、ブレーキを踏んだ楓さんがカーポケットから手の平サイズの観光本を取り出した。
「さてさて。まずは何処に行こうか。折角のドライブだし遠出したいよね」
まずは何処に、ということは“次”もあるのだろうか?
「僕としては夜の水族館に行ってみたいんだよ。丁度開園記念イベントで21時半まで開園している水族館があるんだ。夜の水族館なんてちょっとワクワクしない?」
「す、水族館っすか?! まさかと思いますけど俺と楓さんの二人で?!」
「豊福くんって不思議なことを聞くんだね? 今ここには僕と君しかいないじゃないか。変な子」
電波系青年に不思議、変と言われたらおしまいである。
片手に持つ観光本を俺に見せつけ、「人と友好を深めるには一緒に遊ぶことが一番でしょう?」楓さんはあっけらかん顔で同意を求めてくる。
友好は口実だったんじゃ、片頬を引きつらせる俺に何を言っているんだと彼は眼鏡のブリッジを押して人を指差してくる。
「いいかい、豊福くん。僕の真の目的は君と手を組んで御堂淳蔵に対抗するための基盤を作ることだけど、それとは別に君と友好を結ぶことも目的のひとつにあったんだ。手を組むにしても何にしてもまずは親しくならないとね。僕は本気で君とオトモダチになりたいんだ!」
立てていた人差し指を折りたたみ、握りこぶしを作って熱弁する楓さんの目は輝いていた。らんらんに輝いていた。
この人は本当に年上なんだろうか?
「だからって夜の水族館は……」
「知らないのかい? 水族館は双方の仲を深めるスポットのひとつなんだよ!」
それはデートスポットの話ですよね!
野郎同士で行くには小っ恥ずかしいと俺は躊躇しているんっすけど!
嗚呼、ここで流されたら収拾がつかない気がする。どうにかして回避しないと。
そこで俺は夜の水族館は宇津木先輩と行った方が盛り上がりますよ、と努めて笑顔を浮かべながら意見してみる。
そういうところには許婚と行ってくれ!
遠まわし遠まわしに嫌がる素振りを見せるのだけれど電波系青年は察することすらしてくれず、「百合子さんへのお土産は何がいいだろう?」と、現地に到着した後のことを思い浮かべていた。
「イルカさんもいいけど、僕はラッコさんも好きなんだ。キーホルダーにできるラッコさんとかないかな」
「あの、楓さん」
「空くんは何が好き?」
いつの間にか名前呼び……いいけどさ。
「え、いや、俺は」
「エイ? また渋いところにいくね。そっかそっかそっかぁ、エイか。エイのキーホルダーあるといいね」
やだもう、この電波系青年! 全然俺と会話をしてくれねぇ!
言葉のキャッチボールならぬドッジボールをして人を混乱に貶めるんだけど!
本当に俺とおんなじジャパーニズかぁ?!
俺はお家に帰りたいんだけど!
……ううっ、父さん母さんに会いたい。
今日はのらりくらりと家族水入らずで夕飯を食べる日なのに!
一応この後に用事があるのだけれど、と口実を作ってみる。が、楓さんはうんうんと頷いて観光本を閉じた。
「分かってるよ。家には連絡をしてあげるから任せておいて! こういうことは先輩である僕の役目だからね」
ちっとも分かってくれてねぇでげす楓さん。
俺をお家に帰して下さいよ!
かくして何を言っても、それこそどんなに嘆いても斜め上の返答をしてくる青年と共にドライブをする羽目になった俺の休日は、彼のせいにより丸つぶれとなったのだった。
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