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01-08



さて楓さんに誘拐……じゃない、連行された俺は店の外に出ると近場のコインパーキングに足を伸ばした。

群青色をしたハッチバック型の車まで連れて来られると、助手席に乗るよう促される。

見た目によらず楓さんは車を運転する人のようだ。助手席の扉前に俺を置いていくと颯爽と運転席に回ってしまう。


随分待たせてしまった手前拒むこともできず(向こうが一方的に乗り込んできたともいう)、素直に車に乗り込むことにした。

扉を開けると柑橘系の香りがむっと鼻腔に流れ込む。この香りはレモンだろうか? 強めの消臭剤に眉を顰めそうになる。


楓さんが運転席に座る。

エンジンを掛けるために鍵を挿すと、車内に音楽が流れた。聞き途中だったのだろう。テンポの良いリズムが鼓膜を振動する。

あ、この曲は聴いたことがある。

歌詞つきだけど、この曲はかの有名な怪盗ルパン三世だ。


よく金曜ロードショーでアニメを観ていたっけ。テレビっ子だったから欠かさず観ていたな。

いつ聴いてもテーマ曲は心が躍る。


サックスの心地よい音に耳を傾けていると、「ルパンは好きかい?」楓さんが尋ねてきた。

首を縦に振ると自分も大好きなのだとあどけない笑顔を見せてくる。


「ルパン三世も好きだし、アルセーヌ・ルパンシリーズも好きなんだ。愛読書にするくらいにね。ホームズと対決する巻があるんだけど、僕はシャーロック・ホームズよりも断然アルセーヌ・ルパン派だった。ルパンの生き方が好きなんだ」


生き生きと語る彼の口調は軽快だった。本当に好きなんだなルパン。

俺も図書室で読んだことがある。

おそかりしシャーロック・ホームズとカリオストロ伯爵夫人を読んだっけ。


「時に怪盗、時に冒険家、変装の名人で貴族や資本家の家から金品を盗んでいく。義賊的な紳士に僕は惚れ込んだよ。彼の勝手気ままな生き様、本当に好きだね。男には自分の求める世界があるからね」


片目を瞑ってくる楓さんは、「そういえば」さっき逃げたでしょ、と思い出したようにあの事件を蒸し返してくる。

それに関しては微笑を浮かべながらも白い眼を送るしかない。

アータのせいで俺は今後の仕事に支障をきたすところだったんですけど!

中井くんには無用な心配を向けられるし、めでたく楓さんはゲイだと間違われ俺は狙われていると勘違いされるし。


嗚呼、月曜日には婚約者がっ、ギャー! 殺される!

頭を抱えて身もだえする俺を不思議そうな顔で見つめてくる楓さんは、こてんと首を傾げると肩を竦め、話題を替えてくる。


「豊福くんは玲ちゃんのことが好きかい?」


意味深長な疑問に俺は思わず顔を上げる。

じっと相手の横顔を見つめると、「再契約の話を聞いたからね」シートベルトを締めた楓さんが眦を和らげた。

彼は豊福家の借金騒動の件を知っている。その黒幕が誰だったのかも。


そして俺も楓さんが豊福家の借金を肩代わりしてくれようとしたことも知っていた。


素直に好意の二文字が出せない俺の心境を見透かしたかのように、「彼女は守りたい人なんだね」彼が代弁してくれる。

そう御堂先輩に好意は寄せているけれど、それは異性の好意とは少し形が違う。

女性として見ている部分もあるけれど、彼女ほどの気持ちにはまだ至っていない。


金の貸し借りがなくなった俺達の関係は、ようやく純粋なものとなりスタートラインに立つことができた。

勿論婚約者である以上、俺達の関係は未来の夫婦なのだから気持ちが通じ合っておかないといけないのだけれど。


「でもね豊福くん。玲ちゃんは君が思っている以上に、荷の重い子だよ」


楓さんの言の葉はルパン三世のテーマ曲によってかき消されていく。

静まり返る車内はやや冷たい空気が漂っていた。


その空気を生み出しているのは誰でもない、きっと俺だろう。




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あきゅろす。
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