01-06
とにかく、中井くんは御堂先輩の存在を知っている。
直接面識はないけれど、人の恋沙汰に鋭い彼は店で見かける一連のやり取りで俺達の関係を容易に察した。
初めて中井くんと顔を合わせた時のことを思い出す。
彼は己の中の疑問を解消するように「常連の男装ちゃんは君の恋人かい?」と、質問を投げかけてきたっけ。
心底度肝を抜いた質問だったけれど、事実だったから肯定をした。
彼女は俺の婚約者だよ、と。
「ま、勘違いされてもしゃーないって。とよみんの彼女って、宝塚の男役をしていそうなほどイケメンだし。体は華奢だけど男装していても違和感なんて全然ないしさ」
人の恋バナが好きなんだろう。中井くんは興味津々に視線を流してくる。
スマホのディスプレイと睨めっこをしていた俺は、楓さん宛のメールに四苦八苦していた。
スマホの文字入力は嫌いだ。
まだガラケーの文字入力の方が簡単だと思える。
「とよみんってぶっちゃけ、彼女に敷かれているだろ? 普段も、セックス事情も」
危うくスマホを落としそうになった。
耳まで火照る熱を弄ばせながら、「なっ、なっ?!」いきなり何を言い出すのだと相手に物申す。
あまりにも直接的な表現である。
せめてセックス事情をベッド事情とぼかしてくれてもいいじゃないか!
それに、これでも俺達はまだまだ健全な関係なんだ。
例え、相手にその気があっても。
それこそあらやだ、イヤン、ッーア! な危機が訪れても、俺は今まで頑張って回避してきたんだよ!
ちょっと前までは諸事情で、ぬぬぬ最早この身を許すしかないでござる、だったけれども!
「セックスなんてしたことないよ」小声で言うと、「マジで?」経験者だと思っていたよ! と中井くん。
「男装ちゃん、あんなに良い体躯しているなんか! 格好に似合わずめっちゃ胸ありそうだし、腰のまわりとかキュッとくびれているし。フフン、僕の目が確かならCはあるよ、彼女」
これだからチャラ男は……場所問わずボーイズトークをかましてくるんだから。
コメントに困る話題を振ってくる中井くんに溜息を零していると、スマホから【カノン】のメロディが流れた。
さと子ちゃんが遊び半分でスマホを弄ったから着信がクラシック一色なんだ。
ちなみに個別に設定されていて、【カノン】は御堂先輩、【G線上のアリア】はさと子ちゃん、【惑星・木星ジュピター】は向こうの両親、【アヴェマリア】は俺の両親、その他は【エチュード】となっている。
クラシックは好きだからこうして設定してくれたことに感謝しているよ。俺、J-POPよりもクラシックの方が好きだな。
さてメロディから察するに着信は御堂先輩からのようだ。
今の時間帯は部活があっているだろうに、どうしたんだろう?
中井くんとの会話を打ち切って、「はい。もしもし」彼女と会話をするべく電話に出る。
間髪容れず嬉々した御堂先輩の声が鼓膜を振動した。声だけで彼女がどれだけ喜んでいるのか想像できてしまう。
曰く、御堂先輩は主役をもらえたらしい。
今まで準主役を務めたことはあれど主役はなかったという。
初めての主役に胸を躍らせた彼女は一刻も早く俺に伝えたかったらしい。
つい頬を崩してしまう。
「おめでとうございます。主役だなんて凄いじゃないですか」
『僕も嬉しかったよ。ただ忌まわしき神城と共演が決定しているから腹立たしいんだけどね。彼もまた主役だから』
とはいえ、声に棘はない。
嫌いな相手との共演より、主役が貰えたことがよほど嬉しかったようだ。
公演が決まったら絶対に観に行くと告げ、その時は直接チケットをくれるよう頼む。前回の公演は蘭子さんから貰ったもんな。
どんな舞台なのだと尋ねると海賊ものだと先輩は答える。
ふむふむ御堂先輩は女海賊をするようだ。
なるほど、舞台はまさに大海賊時代なのね! 勇ましい先輩を見れることを楽しみにしようじゃないか。
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