01-05
その日の放課後。
友達の誘いを断り、まーったく会話の弾まない人間と途中まで帰るという、ある意味苦行を強いられたぼくは精神的に参っていた。
考えても見て欲しい。
苦手な人間と始終いて顔色を窺わなければいけない苦痛な光景を。
しかも向こうの取り巻く空気がさ?
お前のことは嫌っています!
みたいなオーラを発せられたら尚更辛いと思わないかい?
少なくともぼくは精神的に大ダメージを食らうね。
性格が合わないうんぬんはしゃーないと思うけど、あからさま態度で示さなくてもいいじゃないか!
ぼくだって仲井のことが苦手さ。
大嫌いな納豆を食すような気持ちで仲井と一緒にいるんだぜ?
だけどお互いにフーンのツーンじゃ疲れるから、我慢してフレンドリーにしようとしているのに。な
に、この無駄な努力をしている感。
ぼくのフレンドリーシップも無料ってわけじゃないんだぜ?
できることなら相手を選んで使いたい代物なんだ。
せめて、この事態を乗り切るまではオトモダチ空気を出してくれてもいいと思うんだけど。
ぼくって贅沢者なんかねぇ。
(かと言って下手に別々に行動を移せば)
ぼくの数歩後ろを歩いて文庫本を読んでいる仲井。
わざとらしく「あ。そうだ」行くところがあるんだった、と手を叩いて、片側二車線の横断歩道に足を伸ばす。
次の瞬間、ブレザーの襟首を鷲掴みにされた。
背後から漂ってくるのは禍々しいオーラ。
ぎこちなく顧みれば、銀縁を光らせて眉根をつり上げる仲井の姿が。
「行くところとは? まさか、おれの気持ちを持ったまま合コンなどとケッタイな場所に行くのではあるまいな?」
これだもんなぁ。お前はぼくのお目付けか?
冗談で「そうでござる」と愛想笑いを浮かべると、文庫本を翳された。
「うそうそうそ!」
それこそ冗談に決まっているじゃないか! 半狂乱に叫ぶ。
ちーっとも信じてくれない仲井は問答無用で文庫本を振り下ろした。
角が脳天に直撃、軽く目から火花が出そうになる。
「あいたたっ。仲井くんのばかたれ。君の辞書には冗談という単語が載っていないのかい?」
頭を抱えてしゃがみ込む被害者に、自業自得だと無慈悲なことをのたまう加害者。
爪先も信用されていないようだ。
それだけ自分のお茶に対する気持ちに不純物が混ざらないか不安なんだろうけど、ぼくの存在自体を不純物としてみるのもどうかと思うよ。
ぼくにだって純な部分はあるし、どーせ今のぼくには女の子よりもお茶っ葉しか目にないのだから。
率直に意見しても相手は訝しげな眼を投げるだけだ。
「気持ちなんぞいつ、どう変化するか分からん」
おれの気持ちが戻った時に、余計なものが入れられては困るのだ。
高校生武士は厳かに仰った。
だからと言ってぼくの家まで監視するつもりなのだろうか?
だったら立派なストーカーだよ、お前。
心中で毒づき、ちぇっと舌打ちを鳴らして立ち上がる。
随分な言い草をされたからつい意地悪で、「君の監視にも限度はあると思うけどね」と片手を振った。
だってそうだろ? 年中無休監視ができるかっていったらそうでもない。
隠れて行動することも可能だ。
つまり隠れ合コンだってできちゃうわけだ。
うんぬん嫌味を飛ばしてチラッと相手の出方を窺う。
つくづくぼく等は気が合わないらしい。
ぼくの嫌味は見事にスルーされた。
何故なら仲井はぼくの方を見ず、あさっての方向を眺めていたのだから。
これじゃ盛大な独り言を飛ばしている寂しい男だ。
おまっ、せめて嫌味くらい受け止めてくれよ!
こめかみに青筋を一本立て、ぼくは仲井の見ている方角を見やる。一体何を見て……、あ。
車道を挟んで向こう側にS女子校の生徒がいる。
腰まで長い髪を一つに結っている女子生徒がひとり、いかにもスポーツをしていそうな短髪女子生徒がひとり。
双方、膝上までスカートを上げて、道を歩いている。
いつものぼくなら口笛を吹いて、どちらが好みか観察するところだ。
(ははーん。さては)
向こう岸を恍惚に見つめている仲井に忍び笑いを浮かべ、ぼくはさり気なく尋ねた。
「ぼくはフレッシュな短髪の子が好みだけど、仲井はどっちが好きだい? 君の好みは淑やかな一つ結びの子じゃないか?」
間髪容れず、キャツは口を開く。
「ああ。どちらかといえば、あちらの女性の方が好みだ。歩く姿が優美だし」
「程よい胸の膨らみだし」
「本当にな。程よい大きさだと…ッハ!」
我に返った仲井が青褪めたまま、ぎこちなくぼくに視線を流してきた。
ぼくは弧を描いてしまう唇を隠すように、頭の後ろで腕を組んで口笛を吹いて視線を逸らす。
やっべ、一本取ってやった気分!
今なら『おおブレネリ』を大合唱できる!
この晴れ晴れしい気持ちをどう表現してくれようか!
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