01-04
ぼくもナカイ、目前の男もナカイ、そのためどっちのナカイを呼んだのか見当も付かない。
ぼくと仲井は揃って顔を上げた。
声を掛けてきたのはもうすぐ定年を迎える向井先生。家庭科担当のおばあちゃん先生だ。
ぼくはこの先生と全然接点がない。
そのため、必然的に仲井を呼んだのだと理解する。
トレイを持っている向井先生を観察すると、この先生も食堂でご飯を食べにきたらしい。
どんぶりがトレイに載っていた。
中身までは見えないけど、多分蕎麦かうどんだと思われる。
向井先生は仲井に朗らかな笑みを浮かべ、「明日の放課後に私のところに来なさい」と言葉を掛けていた。
「貴方が使いたがっていた和室の使用許可が下りました。道具を揃えておいてあげますね」
「本当ですか? ありがとうございます」
仲井は何処となく嬉しそうに感謝を述べている。
なんだ? 和室とか使用許可とか道具を揃えるとか。
……ま、ぼくには関係ないだろうけど。
かしわおにぎりに箸を伸ばし、半分に割る。
同着で「明日こいつと一緒に行きますので」と仲井が言ったもんだから、ぼくの動きは止まった。
「は?」絶句するぼくを余所に、向井先生が視線をこっちに留めてにこっと綻ぶ。
「仲井くんひとりかと思っていたら、貴方も同志なんですね」
貴方“も”同志? え、なんのお話ですか?
「ええ、こいつもやる気になってくれているひとりなんですよ」
いつ、ぼくはやる気を君に見せたんだい?
「お付き添いはできませんが、心行くまで使って下さいね。何か遭っても責任は私が負いますのでご心配なく。ふふっ、それではまた明日」
「向井先生、本当にありがとうございます」
ふっと笑みを浮かべる銀縁眼鏡くんは、立ち去る向井先生に会釈をしていた。
蚊帳の外に放り出されていたぼくはどうにかショックから抜け出し、「なんの話だい?」と相手に尋ねる。
お冷を口に運ぶ仲井はしれっと茶道の話だと告げてくる。
「向井先生が茶道をする場所を提供してくれるんだ。今でこそ廃部となってしまったが、その昔、この学校には茶道部があったらしい。
あればおれも入部したかったのだが、廃部していてはどうしようもない。
だが道具はまだあるんじゃないかと向井先生に掛け合ってみたんだ。あの日、貴様が事件を起こした日にな」
完全に加害者扱いだけど、余所見をしていたお前にだって責任はあるんだからな。
片眉根をつり上げるぼくをスルーし、「茶と関われることをしたい」だから茶道の道具を借りたかったのだと仲井は話してくれる。
なるほど、それはよーく分かった。
で? ぼくが一緒に行かなければいけない理由は?
「当たり前だろ。おれが目を放したら女の尻を追いかけたり、合コンに行ったりしかねん。おれはおれの気持ちを穢されたくないんだ。明日、共に来てもらうぞ」
行くことは確定らしい。それでもつい、聞きたくなる。
「ぼくの都合を聞こうとは思わないのかい? 仲井くん」
「どーせ大した用事などないだろ?」
手中で割り箸を折りたくなったぼくの気持ちは察して欲しかったりする。
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