03-10 「ゆびきりっていってね。約束を交わす時のおまじないなんだ」 「おまじない?」 「うん。このおまじないには呪文があるんだ。呪文はこう。ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本のーます。ゆびきった」 初めて聞く呪文だ、人間界の呪文だろうか。 千羽が見守っている中、子供は異例子の真似をしてぎこちなく呪文を唱えた。 「これでいいんですか?」流聖の問い掛けに、「うん」ひとつ頷いて異例子は目元を和らげた。これで約束が交わされた。自分達はまたきっと会える。約束を破ったら、自分が責任を持って針を千本飲む。いや飲まなければいけないのだ。そういうおまじないだから。 笑顔で説明する異例子に信用と安心を覚えたのだろう。 「またお会いしましょう!」流聖は弾んだ声を残し、自分達にまた一つ頭を下げると駆け足で西図書館に続く大階段を上り始める。 一度だけ振り返り、流聖は手を振ってきた。千羽は異例子と共に軽く手を振り返す。 えへへっ、流聖はご満悦に笑声を漏らして西図書館へと消えて行った。千羽は手を下ろし、ふぅっと息を吐いた。 (聖界は平和と平等をモットーとしているっていうのに…、何だろうな。裏切られた気分だ) これが聖界の現状なのだろう。 不完全な子供を区別、差別、そして自分の存在さえも否定してしまうような環境を作っている聖界の現状。自分は綺麗事ばかり並べている聖界しか知らない。もしかして聖界は位置の立場にいる弱い者達に対し、もっと酷い環境を作り上げているのではないのだろうか。 だとしたら、それはあまりにも理不尽だ。 ふと気付く。自分は理不尽な理由で異例子を嫌悪していたのでは、と。 確かに異例子は掟を破った愚かな人間だが、その前から自分は異例子を忌み嫌っていた。何故なら彼は天使から生まれた人間だから。“聖の罰”を無効にした末恐ろしい化け物だから。 化け物? カタテンと呼ばれた子供と親しげに話していた奴が本当に化け物だというのか。 千羽は異例子を見下ろす。 隣に並ぶだけで嫌悪を感じていた存在だが、今は不思議とそういった感情に襲われない。だって異例子も所詮は自分と大差の無い生き物だと知ってしまったから。異例子は噂に聞くほど化け物ではなく、ただの少年なのだ。 異例子をジッと見下ろしていると、視線に気付いたのか異例子が見上げてきた。 「千羽副隊長、どうしたんです?」 「異例子。お前ってさ、案外普通なんだな」 「へ?」 「なんだ。そう大差はないと思ったんだ。べつに深い意味は無いんだけど」 「異例子って噂だけなんだな」微苦笑を零し、千羽は異例子に吐露する。 もっとこっちが引くような性格の持ち主かと思っていた。誰も抱かないような異質な感情を持つ奴かと思っていた。しかし案外普通だった。それが妙に不思議だ。もっとこちらが恐れるような奴だと思っていたのに。 唖然と千羽の言葉を聞いていた異例子だが、見る見るうちに表情を崩し軽く笑声を漏らした。 「俺にとって褒め言葉ですよ、それ」 普通だと見られない自分にとって大きな褒め言葉だと異例子は破顔する。 異例子、否、菜月の表情にやっぱり彼は普通だと千羽は思いながら笑みを返した。すると菜月に指摘される。「千羽副隊長って結構笑う方なんですね」と。 「いつも眉間に皺を寄せているから、笑いとは無縁の方だと思っていましたよ」 「これでもよく笑う方だって言われてんだぜ、俺。でもへらへら笑ってたら郡是隊長に怒られるしな。いつも気を引きしー…あっ、やっべ! 今何時だ?!」 大慌てで時計塔のある方角を探していると、遠い遠い空の向こうから鐘の音が聞こえてきた。 ゴーン。ゴーン。金属の重低音。鐘の音を数えると十と一回、鐘が鳴り響いた。千羽はサーッと顔色を変える。 [*前へ][次へ#] [戻る] |