01-15 「まさかっ、聖保安部隊が……ンなふざけたことするなんざっ。どうかしてやがる!」 何故、こんなことになっているのだ。聖保安部隊が身内に何をしてくれているのだ。 怒の感情を瞳に宿らせながら螺月は椅子をその場に叩き付ける。 「後で覚えときやがれっ」 脚の切れた椅子はさらに破損したが構うことなく、暴言を吐き捨て、怪我人を最優先に螺月は膝を折った。 「おい、菜月。しっかりしろ」 「くぅっ」 痛みに呻いている菜月の額は脂汗で濡れていた。 しきりに肩を押さえ、爪を立てながら堪えている痛みは背中からきているようだ。 背中に目をやれば甘ったるい匂い。純白のローブが真っ赤な液体で染まっている。湯気立っている液体は高温なのだろう。菜月は火傷を負ったのだ。 「大丈夫か、なつっ……顔が腫れてるじゃねぇか。殴られたのか」 右頬が一目で分かるほど腫れている。しかも口端が切れているのか血が滲み出ている。 「なんでもない」 菜月は痛みに堪えながらもそれを拭った。 あくまで隠そうとする菜月に何でもないわけないだろと螺月は顔を顰めた。 ギッと聖保安部隊を睨み、一発かましてやろうかと握り拳を作る。 すると菜月にローブを掴まれた。 「ほんとうに、なんでもないんだ。螺月」 困惑する螺月に対し、菜月はそれ以上何も言わない。 しかし態度で手を出すなと示している。気持ちを酌み、螺月は分かったと末弟に頷いてみせた。 「これからは女神の鬼夜柚蘭が指揮させてもらうわ。全員私の指示に従いなさい」 後からやって来た柚蘭はとても冷静だった。 まず斬撃を飛ばした聖保安部隊に直ぐそれを仕舞うように言い、別の聖保安部隊を此処に一人連れてくるよう指示した。 渦中ではない聖保安部隊を交えて隊の長のもとに行く。そのための準備を彼に任せた。 他の二人にはそれぞれ薬草とポーションを持ってくるように指示する。末弟は異例子として名が挙がっているものだから、そう簡単に怪我の具合を診てくれる医者が見つからない。 こちらでできる限りの応急処置を取ろうと柚蘭は判断したのだ。 「急ぎなさい!」 柚蘭の喝破に戸惑いを見せていた聖保安部隊は肯定の返事と共にすぐ行動を開始した。 聖保安部隊は一般天使が主。 位の高い四天守護家の指示に滅多なことでは逆らわない。 特に柚蘭は称号を得た四天守護家の中でも位の高い天使。まず逆らうことはないだろう。 次に柚蘭は菜月の火傷の具合を診るため、一旦背中に付いた液体を洗い流そうと螺月に菜月を浴室まで連れて行くよう頼んだ。 「立てるか?」 螺月が声を掛けると、かろうじて菜月は頷き自力で立ち上がった。が、しかしすぐに膝をつく。 「そっちの腕をかせ。支えになってやるから」 「……っ」 「意地張ってるんじゃねえよ」 一向に腕を貸そうとしない菜月に苦言すると、末弟は首を小さく横に振った。 「……右腕が上がらない」 「なに?」 左は上がるが右が上がらない。 うめき声を漏らし続ける菜月の様子に、見かねた朔月がローブを捲り上げて右腕の具合を確かめる。 そこには生々しい黒痣。壊死しているのではないか、と疑いたくなるほど右の腕にできている痣は黒々としている。 「これは酷いな」 朔月は眉根を潜めた。 「痣が幾つもできている。この調子じゃ他も心配だな。螺月、これは後で確かめた方がいい」 「ああ。今は浴室に連れて行くことが先決だ。左腕をかせ、支えてやるから」 言われたとおり、菜月は左腕を螺月に預け、ゆっくりと立ち上がる。 「痛ぁっ」 「痛むか」 「す……すこし」 「そうか。寄り掛かっていい。動くぞ」 螺月の気遣いに従順し、菜月は支えに体重を掛けながら歩き出す。後から柚蘭も救急箱を持って浴室と向かう。 浴室へと消えていく三人を見送った朔月はタイミングが悪い時に来てしまったな、と溜息をついた。 「取り合えず、荒れたキッチンをある程度のところまで片付けてやるか」 まず何から片付けよう。 キッチンに目を配っていると、朔月の目に菓子が映った。 哀愁を漂わせながら転がっている菓子たちは、おおよそ手作りなのだろう。無残に踏まれているものもいる。 朔月はその内、無事な一枚を拾い上げた。 「パウンドケーキだ」 人間界通の朔月はこの菓子の名前を知っていた。 美味しそうに焼けているパウンドケーキに目を細め、朔月は転がっている鍋の方へと歩み寄る。菜月の背に付着していた赤い液体。 指で掬い舐め取ると甘い木苺の味がした。 「こっちはジャム、か。きっとこれに付けて食べるものだったんだな」 朔月は食器棚から大皿を拝借すると、無事に姿を保っているパウンドケーキを一枚いちまい、塵を払っては拾ってやる。 踏まれているものはもう食べられないだろうけれど、こっちならまだいけるだろう。 丁寧に拾い上げ、朔月はパウンドケーキを皿にのせる。 「これだけの量を一人で食べるとは思えない。きっと菜月くん、螺月と柚蘭さんにあげるつもりだったんだろうな」 本人にその気が無くとも必然的にこの量は二人にあげる流れとなっていた筈。 どうしてあの三兄姉が距離を縮めようとする度に壁が立ち塞がるのだろうか。 朔月は小さな溜息をついてパウンドケーキを口に入れた。ドライフルーツの仄かな甘みと生地の柔らかさがとても美味しかった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |