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お稲荷亭



 * *
 

 電車を乗り継ぎ、バスに乗り、自分達の住む土地から遥か遠くまでやって来た風花と菜月は只今山道を歩いていた。急な傾斜に菜月は大きく息をついて「休憩」と足を止める。
 風花は呆れて菜月の方を振り返った。


 額に滲ませている汗を拭っている我が彼氏。


 持っている荷物を置いて、自分の手を団扇代わりにしてヒラヒラと扇いでいる。それでも暑いのか、菜月はカッターシャツの上二つのボタンを外していた。
 
「風花。歩くの速いって……もうちょっと、ゆっくり歩いてくれないかなぁ」
「あんたに合わせてたら日が暮れるって。ホラ、もう日が傾いてるしさ! 此処に来るまで、スッゲー時間掛かったし!」
「それは、俺のせいじゃないって。此処田舎だからさ、交通の便が悪いんだって。バスとか二時間待たせられたし。前に来た時もそうだったでしょ?」


 頬を脹らます風花は、そっぽ向いてしまう。

 駄々を捏ね、しまいには拗ねてしまった子供のような仕草をする風花に菜月が失笑する。
 笑われたことに風花はさらに臍を曲げたらしく、フンと鼻を鳴らして足を動かし始めた。

 このままでは置いて行かれると菜月は荷物を持ち、風花の後を追った。

 速足で歩く風花の隣に並んで、「そんな顔してると恐がられるよ」と菜月が微笑する。


 すると風花はウッと言葉を詰まらせ「怒ってないし」とまだ拗ねている。


「あたし、楽しみにしてるだけだし。怒ってないし」
「はいはい」
「ホントだかんな!」
「ウン。分かってるよ。昨夜、風花が楽しみ過ぎて眠れなかったこと、俺、知ってるしさ」
「何だよ。子供っぽいって言うんだろ」
「そこが風花の可愛らしいとこだよ」
 

 途端に風花の機嫌が上昇する。

 なんて現金な性格、あかりがこの場に居たらツッコミが入るところだろう。

 機嫌が良くなった風花に菜月が微苦笑していると、風花が「あ!」と前方を指差した。
 菜月が前方を見れば、自分達の向かっている目的の建物が見えてきた。

 古風漂う立派な建物が遠くに見え風花はパァと目を輝かせる。
 菜月の手首を掴み、昂る気持ちを抑えきれず駆け出した。

 コケそうになりながら、菜月は風花に「そんなに急がなくてもっ!」と訴える。


 が、風花は全く聞く耳を持たない。


 足の速い風花について行くのがやっとの菜月は直ぐに息を切らしていたが、風花は構わず走った。





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あきゅろす。
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