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 だから、この日常を守ろうとしたくなる俺がいる。

 
「ねえ螺月。菜月、聖界の本ってあんまり見たことないんじゃないかしら。これ、お土産に買って行ってあげましょう」

「あいつ、文字読むの好きみてぇだからな。どうせなら菓子もついでに買っていこう」

「それは螺月が食べたいだけでしょ」

 
 例えば家族の時間が増えるなら、少しでも何か喜ばせようと行動を起こして、この日常を全力で守る俺がいる。
 「あ。人間界市セールがあるってよ」柚蘭、行ってみようぜ、食材を買えば菜月が何か美味いものを作ってくれるかもしれない。自由拘束の罰を受けている弟のために、商店街で好きそうな土産を買った。帰宅すると菜月が土産に目を輝かせ、一つ一つ喜んでくれた。

 
「(螺月は苦いものが駄目で、柚蘭は辛いものが苦手っと。食物アレルギーはなし。二人とも好きなものが偏っているなぁ…、明日のお弁当どうしよう)」

「ん? 菜月、何してるんだ?」

「シーッ。菜月、こっそりレシピ帳を作っているみたいなの。私達の好き嫌いをメモしているみたい」
 
 
 例えば菜月が家族のことに興味を持ってくれるなら、それこそ辛い過去でさえ弟に教えて、この日常を全力で守る俺がいる。
 「明日のお弁当のメニューを」考えてくれているみたいなのよ。リビング側からこっそりキッチンテーブルを見やる柚蘭は楽しみだとばかりに綻び、開きっぱなしの文庫に視線を戻して読書を再開する。俺も楽しみにしながら、槍の手入れに戻ることにした。翌日の弁当は朔月に自慢してやった。
 
 
「はぁあ…、鬼夜螺月。貴様は公務執行妨害のスペシャリストだな。なんで邪魔をする。また異例子を勝手に聖堂から連れ出して。単なる聴取だというのに」

「それはこっちの台詞だ郡是隊長。まーた俺たちの断りもなしに、家から連れ出しやがって。
いいか、菜月はすこぶる聖堂が苦手なんだよ。体調崩すってのも知ってるだろうが。仮部署でなーんで聴取ができねぇんだよ。わっざわざ目立つ聖堂で聴取しやがって! 族内じゃ異例子の存在は既にばれてるんだ。異例子問題はデリケートに扱え」

「だから聖堂じゃないと「駄目だったってか? なんで? どうして? 理由は? 三十文字以内で述べやがれ!」……はぁああ、頭が痛い。なんで貴様はそう(過度なブラコン)なんだ」
 
 
 例えば聖保安部隊隊長であろうと、この日常が決壊する可能性があるなら、それを全力で守る俺がいる。
 「ら、螺月」あんまり言うと本当に公務執行妨害で訴えられるから、聖保安部隊隊長と口論する俺を宥めるように菜月が間に割ってはいるけど、完全にスルーして対峙。柚蘭がこの騒動を知ると俺に加担して口論は激化。収拾がつかなくなった。
 
 そう―…、これは過剰反応かもしれない。だとしてもだ、俺達は周囲から咎められても、やっと掴みかけた平和で穏やかな日常を手放すわけにはいかない。
 だって他人には分からない俺達の望んでいた幸せの一歩が訪れてくれているんだ。全力で守って当然だと思わないか? そうだろ? 周囲から差別され、肩身の狭い思いをしている俺達でも幸せになりたい。なりたいんだよ。


 いつしか兄姉弟同士、気兼ねなく自室の行き来をするようになり、菜月が俺の部屋に遊びに来るようになる。
 
 柚蘭と一緒に菜月は俺のベッドを陣取って、朔月に譲ってもらった人間界の道具を説明してくれた。
 熱心に説明してくれる菜月に俺も柚蘭も微笑ましく思いながら耳を傾けていた小さな時間。俺達が珍しい魔具を菜月に持ってきてやると、弟は真ん丸お月さんおめめをして魔具に興味を示してくれた。魔具が生み出す、小さなちいさな魔法を見せてやると「すごいや!」科学文明で育った菜月が魔術文明に感動してくれる。
 それだけきっと俺達は望んでいた兄姉弟の時間を過ごしているんだと幸せになる。なるんだよ。
 



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あきゅろす。
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