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Others
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「……っ、」


 唇と唇が触れあっている。
 意味が分からない。何で?何でオレは、兄貴とキスしている?

 呆然と固まったまま、オレは動けない。
 檀も動かない。合わせられた唇は、それ以上深くなる事も、離される事もなくて。

 目を見開いたまま、オレは檀の瞳を見つめていた。


「……」


 どれ位時間が経ったのだろう。一瞬にも数分にも感じた。
 一度だけ檀の目が瞬く。それと同時にオレは我に返る。


「っ!!」


 ドンッ

 覆い被さっていた男を、ありったけの力で押しのけた。
 けれどインドア派のくせに逞しい体格の檀は、オレごときの力では揺らがない。振動に眼鏡が、カシャンと落ちただけ。
突っ張った腕が痛くて、悔しさと惨めさに、唇を噛み締めた。


「……」


 そんなオレを見下ろしていた檀は、何を思ったのか、のそりと緩慢な動きでオレの上から退く。
 すぐさま後退って距離をとると、漆黒の瞳が、真っ直ぐにオレを見ていた。

 眼鏡という緩和剤の無い、はだかの視線が、オレに突き刺さる。人形じみた顔だと檀を表した事があるが、今の檀は人形からは程遠い。

 兄である筈の男は、オレの知らない、『雄』の顔をしていた。


「っ、」


 気圧された訳では断じてないのに、息が詰まる。
 檀から顔を逸らし俯いたオレは、手の甲で、力一杯唇を拭う。
 ごしごしと擦るが、感触が消えなくて、泣きたくなった。

 なんで、何故、どうして。
 オレにキスなんかした。

 訳が分からない。頭は混乱を極め、脳の回路が焼き切れてしまいそうだ。
 胸倉を掴み上げて問いただしたいのに、声が上手く出ない。色んな感情がせめぎ合って、疑問も苛立ちも、口にする余裕はなかった。


「……」

 近くに投げ出されていた鞄を引っ掴み、オレは立ち上がる。
 足が縺れて転びそうになったが、壁に手を付き、リビングを出た。

 檀は追ってこない。

 そのまま2階ではなく玄関に向かう。転がるように外に飛び出した。
 辺りはもう真っ暗で、住宅街であるここの灯りは街灯と、各家々の灯りだけ。


「……」


 真っ白な頭を置き去りに、足が勝手に進む。
 オレは遠くに逃げ出す事なく、気付けばお隣、慎さんの家の前にいた。

 ポケットの中を探って、合鍵を取り出そうとするが、上手く取れない。

苛つきながらも掴むが、生きのいい魚のように、掌から滑り落ちる。
 慌ててしゃがんで拾おうとして、オレは、自分の手が震えている事に気付いた。


「……っ、」


 おさまれ、と念じながら掌を握りしめるけれど、震えは全身に広がっていく。
 自分の体を抱きしめて、何とか落ち着こうとしているオレの目の前で、がちゃり、とドアが開いた。


「……杏?」


 呼ばれて、反射的に体が竦む。
 視線をゆっくりとあげると、訝しむように眉を潜めた慎さんが、オレを見下ろしていた。


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あきゅろす。
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