Others 11 「……っ、」 唇と唇が触れあっている。 意味が分からない。何で?何でオレは、兄貴とキスしている? 呆然と固まったまま、オレは動けない。 檀も動かない。合わせられた唇は、それ以上深くなる事も、離される事もなくて。 目を見開いたまま、オレは檀の瞳を見つめていた。 「……」 どれ位時間が経ったのだろう。一瞬にも数分にも感じた。 一度だけ檀の目が瞬く。それと同時にオレは我に返る。 「っ!!」 ドンッ 覆い被さっていた男を、ありったけの力で押しのけた。 けれどインドア派のくせに逞しい体格の檀は、オレごときの力では揺らがない。振動に眼鏡が、カシャンと落ちただけ。 突っ張った腕が痛くて、悔しさと惨めさに、唇を噛み締めた。 「……」 そんなオレを見下ろしていた檀は、何を思ったのか、のそりと緩慢な動きでオレの上から退く。 すぐさま後退って距離をとると、漆黒の瞳が、真っ直ぐにオレを見ていた。 眼鏡という緩和剤の無い、はだかの視線が、オレに突き刺さる。人形じみた顔だと檀を表した事があるが、今の檀は人形からは程遠い。 兄である筈の男は、オレの知らない、『雄』の顔をしていた。 「っ、」 気圧された訳では断じてないのに、息が詰まる。 檀から顔を逸らし俯いたオレは、手の甲で、力一杯唇を拭う。 ごしごしと擦るが、感触が消えなくて、泣きたくなった。 なんで、何故、どうして。 オレにキスなんかした。 訳が分からない。頭は混乱を極め、脳の回路が焼き切れてしまいそうだ。 胸倉を掴み上げて問いただしたいのに、声が上手く出ない。色んな感情がせめぎ合って、疑問も苛立ちも、口にする余裕はなかった。 「……」 近くに投げ出されていた鞄を引っ掴み、オレは立ち上がる。 足が縺れて転びそうになったが、壁に手を付き、リビングを出た。 檀は追ってこない。 そのまま2階ではなく玄関に向かう。転がるように外に飛び出した。 辺りはもう真っ暗で、住宅街であるここの灯りは街灯と、各家々の灯りだけ。 「……」 真っ白な頭を置き去りに、足が勝手に進む。 オレは遠くに逃げ出す事なく、気付けばお隣、慎さんの家の前にいた。 ポケットの中を探って、合鍵を取り出そうとするが、上手く取れない。 苛つきながらも掴むが、生きのいい魚のように、掌から滑り落ちる。 慌ててしゃがんで拾おうとして、オレは、自分の手が震えている事に気付いた。 「……っ、」 おさまれ、と念じながら掌を握りしめるけれど、震えは全身に広がっていく。 自分の体を抱きしめて、何とか落ち着こうとしているオレの目の前で、がちゃり、とドアが開いた。 「……杏?」 呼ばれて、反射的に体が竦む。 視線をゆっくりとあげると、訝しむように眉を潜めた慎さんが、オレを見下ろしていた。 . [*前へ][次へ#] [戻る] |