Others
07
「檀の本?」
「はい」
本日も、慎さん家でバイト。
夕食を摂る彼の前でお茶を飲みながら、オレは短く返した。
ちなみに今日のメニューは慎さんリクエストのエビチリとギョーザ。卵のスープとナムル付。
オレの夕食は自宅で用意されているので、一緒には食べない。
ただ、慎さんの『一人で食べるのは味気ない』の一言にキュンとして以来、お茶を飲みつつ話し相手をするのが習慣づいている。
学校での話の延長線上で、本の存在を思い出し、思い切って相談してみた。
「慎さんも、読んだ方がいいと思う?」
こんな聞き方は、我ながら狡いと思う。
人に決定権を委ねる事がじゃない。
自分で決めろと、やんわりと背を押してもらおうと、望んでいる事が。
慎さんならきっと、『読みたかったら読め。読みたくなきゃ、読むな』と言ってくれる。
そう、思っていたから。
「……いや」
「え?」
低い呟きに、オレは顔を上げる。
いつもより眉間に深くシワを刻み、慎さんは、難しい表情をしていた。
「読まなくていいだろ」
一瞬聞き間違いかと思ったが、そうではないらしい。
今度はしっかりと、慎さんは言い切る。
俯いたまま食事をとる慎さんと、視線は合わない。
落ち着かない気持ちのまま、黙り込むと、慎さんは暫くして箸を止めた。
「本の内容がどうであれ、檀がお前にした事は変わらない」
「っ!」
慎さんの言葉は、ザックリとオレを切り付ける。
彼にしてみれば、オレを傷つけるつもりなんてなかったと思う。それなのに、息苦しい程胸が痛いのは、オレが無意識のまま、期待してしまっていたせいだ。
オレはたぶん、檀に嫌われていないのかもしれないと、少しの希望を抱いてしまっていた。
好かれてもいないが、嫌われてもいないと。
オレは、血の繋がった兄に嫌われているような、可哀想な人間ではないと。
そう思いたかった。
でも慎さんの言葉は、そんなオレに現実を突き付ける。
顔をあげた慎さんの鋭い目が、オレを射抜いた。
「どんな言い訳しようとも、お前を殺しかけた事は、許される事じゃない。杏の命は、たった一つしかねぇんだ」
「……」
反論は、一つも浮かんでこなかった。
オレの為に、怒ってくれた唯一の人だからこそ、反論なんて、出来る訳がない。
両親も弟も、オレを心配してくれたけれど、兄に怒ったりはしなかった。怒鳴って殴りかかって、オレを自分の家で引き取るとまで言ってくれたのは、慎さんだけだ。
「許す必要ない。読むな」
「……うん」
世界で一番の味方である彼が言うのなら、間違いはない。
何か異物を飲み込んでしまったような、重い胸の内には気付かないふりで、オレは小さく頷いた。
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