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「何ですか? オレ、早く教室に帰りたいんですけど」
呆れを隠しもせずに淡々と告げる。
面倒臭い、という内面は声にありありと現れていた。そんなオレの態度に、Aさんは驚きの表情を浮かべたが、すぐに人懐っこい笑みに挿げ替える。
「くれないの?」
甘えるような笑顔を、可愛いとは思えなかった。
男だからとか、自分より大分身長高そうだからとか、そういうんではなく。
Aさんは、笑顔を浮かべているけど、笑ってはいなかったから。
うん?
意味分からん?
オーケーオーケー、大丈夫。オレもよく分からんから。
まあ、乏しい語彙で表現するなら『目が笑ってない』ってやつ?
ヘラヘラと笑っているのに、Aさんの目は冷えていた。
たぶん彼は、自分の使い方と周囲の動かし方を良く理解している。そして、根本的に人間ってものを侮っている。
だからこそ、見下す目を向けながら面の皮一枚で笑顔を浮かべて見せるのだ。
ほんと、馬鹿にしてるよな。
オレもそんな彼に習い、ムカつく気持ちを隠さず、口元だけで哂ってみせた。
「お断りします、と言ったはずですが」
「何で?」
食い気味に返された。
今度は薄ら寒い笑顔は浮かべていない。
無表情でオレを見つめる視線には、威圧感さえ感じる。
切り替え早いね。まあ、さっきのコピペな笑顔よりは、若干好感が持てるけど。
でも根本の問題で、コイツ好きになれねぇな、と思った。
だって、礼儀知らなすぎじゃない?
「何ではこっちのセリフですよ」
オレは眉間に皺を寄せ、大仰な溜息を吐き出す。
「なんでオレが、大事な弁当を貴方にあげなきゃいけないんです。しかも、お願いされた訳でもないのに」
冷めた目で睨むオレに、Aさんは目を丸くした。
反抗されるのは初めてなんだろうか。なら説教受けるなんて更にレアじゃない?
たっぷりくれてやるよ。さあ受け取れ。
「もしかして、自覚もなしですか。救いようがないですねー。あのね、欲しいってゴネるのは、三歳児だって出来るんですよ? ……いや、比べるのは失礼か。三歳児だって、欲しけりゃ『下さい』の一言くらい言えますもんね。アンタと違って。つか、人として最低限の礼儀もなってない相手に、オレも礼儀を返そうとは思わないんで、敬語もやめるわ」
「…………」
ぽかん、とAさんは口を半開きにしたまま、更に目を大きく見開いていた。
言葉も出ないんだろう。失礼極まりないオレの態度にキレる事もなく、呆然としている。
「イケメンだからって、何でも許されると思ったら大間違いだから。生憎、オレのなけなしの優しさは、可愛い女の子と身内と、本当に弱ってる人にしか発揮されないわけ。相手が悪かったと思って諦めて。その辺で適当に、アンタのファンっぽい子を派遣するから、とりあえずオレの足、離してくんない?」
「…………」
言いたいことを一気にまくし立てたが、Aさんからの反応はない。
無言のAさんは、オレの足を掴んだまま、考えこむように視線を彷徨わせた。いつのまにか、威圧的な空気も霧散している。
「……?」
つか、離せって言ったのに、聞こえてないんだろうか。
一体何がしたいの、この人。
振り払って、とっとと歩き出せば良かったんだろうが、つい成り行きを見守ってしまった。
十数秒経過した頃、俯いていたAさんは顔をあげる。
オレと視線を合わせた彼は、にっこりと笑んだ。
「!?」
さっきまでとは、全然違う。
少し幼く見える柔らかな笑顔に、オレは思わず肩を揺らした。
だって、なんで急に笑いかけてくんの。
さんざん罵倒した相手に笑顔向けるって、怖くない? サイコパスかな?
顔を引き攣らせるオレに気付いているのか、いないのか。
Aさんは満面の笑みを浮かべ、ペコリと頭を下げた。
「ごめんね? お弁当欲しいです。下さい?」
「………………」
嗚呼。
毒気を抜かれるって、こーゆー事を言うんだな。
思わずオレは、黄昏るように、フッと笑って空を見上げた。
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