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DOLLシリーズ
逢瀬夜


今日、オレはまた一つ大人に近付く。
急に成長するわけじゃないけれど、身体も心も昔のままではなくて。
だけど、以前と変わらず君を想い続けていて。
―ううん、本当は変わってきている。
君への愛しさは日に日に増し、君を欲する願望は明らかに暴走寸前だ。

今、オレに腕を広げてくれる君は、総てに気付いているの?





誕生日前夜、研究室で片付けをしながら、週末の休みを自宅で過ごすことをイチハラさんに話した。
すると、「知ってるよ」と当たり前のような顔をして言うから、オレはびっくりした。



「へ?あれ?なん、で…?」

「なんでって…お前、去年も帰ってただろ。
理由聞いたら、自分の誕生日だから絶対帰んなきゃなんないって言ってたじゃん」



イチハラさんは呆れたように笑ってから、オレに小さな箱を投げて寄越した。



「お前、ソレ好きなんだろ。
オレからの誕生日プレゼントってことで」

「あ、ありがとっ!」


イチハラさんがくれたのは、オレの好きなミルクキャラメル。
お菓子なら何でも好きだけれど、一人で端末に向かって作業する時に何となく食べてしまうのを、いつも見ていた彼は覚えていたのだ。



「にしても、お前も毎年律儀だねぇ。
ガキじゃねぇからって、突っ撥ねても良さそうなもんなのに」



違うよ。
律儀なのはアベ君だ。
誕生日の一週間前には「待ってるから」って、必ずメールをくれる。
別にいーよって言おうと思った時もあったけれど、自分もアベ君の誕生日は毎年祝っているから、やっぱり言うのをやめたんだ。

とは、イチハラさんに説明できずにオレは笑って誤魔化した。



「…でも、良いよな」

「え?」

「一緒に居られる間は、大事にしてやんな」



そう言って、イチハラさんはオレの頭を軽く叩いた。

そうだ。
イチハラさんの兄弟型だったドールはもういないんだ。

兄弟型のドールで最も問題視されているのは、任務を終えたドールについて子供に理解させること。
無理矢理引き離す残酷性と、生命の在り方を安易に捉えさせる危険性を孕んでいると、専門家達は危惧する。
ドールから与えられる愛情に救われることもあるし、ドールを通して慈しむ心も学べる。
しかし、虐待に遭うドールもいるし、ドールを回収された後の心の傷がなかなか癒えない人達もいるのも事実だ。
イチハラさんも、もしかしたらドールを失ったことが傷になっているのだろうか。

でも。
オレのように、ドールに心を奪われる人はきっといない。



「うん、大事にする よ…」



言葉にした途端、なぜか胸が疼いた。





翌日、講義を終えた頃にアベ君からメールが届いた。
用事ができたから17時頃にステーションで待ち合わせようという内容で、オレは少し複雑だった。
用事の内容が分からないのと夕飯は恐らく外食になるだろうことが、オレの気分を損ねる。
オレは昔から我儘だったけれど、今は理不尽だと分かった上で拗ねるのだから、我ながら質が悪いと思う。
でも、分かっていてもどうにも直せなくて、時間が経てば経つほど嫌な気持ちになって―。



「何、怒ってんだよ?」



ステーションで会って早々、アベ君に指摘された。



「…何でも、ない」

「何でもなくて、そんな顔すんのかよ」



久しぶりに会うから、本当はすごくドキドキしているのに。
ちゃんと笑っていたかったのに。
ちゃんとアベ君の顔が見たいのに。
話したいこともたくさんあるのに。
オレは小さな子供のように、自分の靴の爪先にずっと視線を落としたままだ。



「急に予定変えて悪かったよ」



仕方なしに謝っているのがアベ君の声色ですぐに分かって、今度は返事をするのも嫌になる。



「………」

「それとも、外食が気に入らねぇの?」

「そんなじゃ、ない」



本当は半分当たっているけれど、認めたら負けのような気がしてしまうから認めない。



「じゃ、何なんだよ」

「…知ら ない」



いつまでも拗ねているオレに呆れたのか、アベ君が大きな溜め息を落とした。
たったそれだけのことに、オレはびくついてしまう。

嫌われたくない。
もっとオレだけのコトを考えて欲しい―。
けれど、昔のように何も考えずに君に抱き付いたり、泣いて気を引いたりは出来ないんだ。



「そんなら、これでも食らっとけ」

「?………!!!
いっ、いダダダダッ!
痛いっ!ごめっ、ごめんなさい〜!!!」

「そんな簡単に謝んなら、ハナッからふくれてんな!」



アベ君のウメボシが久しぶりに頭を直撃し、オレのちっぽけなプライドも意地も一瞬にして木っ端微塵にされてしまった。



「ほら、行くぞ」

「う、うぅっ………」



頭の痛みが完全に取れないまま、先に歩き出したアベ君に仕方なくついて行く。



「ったく、いくつになっても変わんねぇ拗ね方すんのな、お前は」

「………」



変わってないことない。
オレ、泣いたり我儘言ったりしてない。
それに、それを言うならアベ君だって変わってないじゃないか。

態度が幼いことを意味しているのだと気付いていても、心の中では勝手な言い訳が渦巻いている。
アベ君の前だと、どうしてこんな風になってしまうのだろう。

前を歩くアベ君は、昔と同じ。
背筋を伸ばして、右手はポケットに入れて、オレを気遣ってほんの少し遅めに歩を進める。
そして、もう片方の手は―



「わざわざ、今日の為に店探したんだぜ」



振り返ったアベ君はちっとも怒ってなくて、優しい目を向けてくれて笑ってくれる。

アベ君。
やっぱりオレ、変わっちゃったよ。
アベ君がオレの為に今も空けてくれている左手を、昔よりずっと求めて止まないのに。
オレは―



「…ケーキ は、アベ君のが良い」



簡単に手を伸ばせなくなってしまったフラストレーションの代償に、そんな言葉を口にする。

オレの久しぶりの要望に、アベ君は「分かってるよ」と応えてくれて。
そうしてようやく、オレの心が少しだけ満たされたような気がした。


アベ君が探してくれた店は、ステーションから15分ほど歩いた先にある少し高級そうな洋食レストラン。
ブラウンの煉瓦作りでこじんまりとした外観は何度か見掛けたことはあったけれど、料理上手のアベ君といると外食の回数は本当に数える程度だったから、入るのは初めてだった。
オレの為に探してくれたというだけのことはあって、メニューにはオレの好物がたくさん並んでいて、選ぶのにかなり時間がかかってしまった。

とりあえず、シャンパンで乾杯をしたけれど。
アベ君の飲むペースがいつもと違うから、オレはデミグラスソースのかかったオムライスグラタンを食べつつ少し焦った。
ピッチが早くないかと声はかけたものの、アベ君は「ガキじゃねんだから平気だよ」と言う。
そして、もう一つヘンだと思ったのは。



「そういや、お前がジュニアスクールに通い出した頃さ、毎日泣いて帰ってきてたよな」

「うぇ?」

「クラスメイトと上手く話せなかった、とか、もう行きたくない、とか言い出して、よくオレを困らせてたよなぁ」

「ううぅっ…、それ は…」

「そうそう、泊り込みのスクーリングの時もさ、」

「うぅ〜〜〜」



という具合に、やたらと幼い頃のオレの恥ずかしいエピソードばかりを披露するのだ。
いつもなら、互いの近況報告をそれとなしに話してみたり、休みの予定を決めたりするのに。
おまけに、黒ビールやカクテルまで注文して。
結局、最後までろくな食事をせずに、大豆のサラダやフレンチポテトを時折つまんではアルコールばかり流し込んでいた。



「なんか、すっげぇ気分良い」

「………」



食事の時から始終ご機嫌だったアベ君は、クスクス笑いながら少し危なっかしい足取りで、片手をポケットに入れたまま歩く。
御馳走には満足したけれど、酒の肴にされたオレはちっとも気分良くなんかなかった。
しかし、そんなことよりいつもと違うアベ君の方が気になって、半歩後ろから声をかける。



「飲み過ぎ、だよ」

「飲めないヤツに言われたかねぇよ」



応酬して、アベ君はまた笑う。

ホントにどうしちゃったんだろ。
顔も少し赤いし、やっぱり飲み過ぎじゃない、かな。
明日、ケーキ作ってくれるのかな。
二日酔いなんかになんなきゃいいけど…。
酔っ払いの介抱の仕方なんて、オレは知らないし。



「ここ、懐かしいな」

「え…?」



アベ君が立ち止まって呟いたのは、近所の小さな公園の前。
幼い頃、アベ君が何度も連れて来てくれた場所。
子供達とは遊ばずにアベ君にベッタリだったオレは、いつもアベ君の手をやかせていたのを思い出し、嫌な予感がした。
さっきの話の続きをされるのではないのかと危惧したオレは、すぐにその場を去りたかったのに。



「…アベ、君?」



アベ君が公園に入って行くから、オレは慌てて後を追う。



「ど したんだ、アベ君?」

「夜の公園て静かだな。
風もすげぇ気持ち良い…」



ご機嫌な口調で、アベ君は新緑に囲まれた公園をぐるりと見渡す。
ふらついてこけたりしないかと心配したが、意外と平気そうだ。



「お前、せっかくここに連れてきても誰とも遊ばねぇから、オレは本気で悩んだんだぜ」



やっぱり、その話なんだ…。

また愉快そうに笑うアベ君にちょっとムカついた。



「先、帰る」



オレはアベ君を放置して、踵を返した。

なんで、そんな話ばっかりするんだろう。
最初に拗ねてたこと、まだ怒ってるんならそう言って欲しい。
アベ君の方がオレよりずっと子供じゃないか。



「レン、」



振り返らずに無視するつもりだった。
けれど、今日初めて名前を呼んでくれたことに気付いて、オレはすごく嬉しくて。
つい、立ち止まってしまった。



「レン、おいで―」



継がれる言葉に振り向けば、優しい目をしたアベ君がオレに腕を広げて待っていて。
幼いオレを抱き上げようとしてくれた時のアベ君がダブって、胸が急に熱くなる。



「ど…して………」

「だってお前、ずっとオレの手物欲しげに見てたじゃん」

「み、見てない!!!」



恥ずかしくて、慌てて否定したけれど。
アベ君はどうして気付いていたんだろう。



「おいで、レン―」



もう一度優しく呼んでくれるのに、オレは躊ってしまった。
だって、あの時のような子供にはもう戻れない。
オレには邪な思いも見栄も意地もたくさんある。
それらでアベ君を汚してしまいそうで怖い。
―違う。
そんな汚いオレに気付いて、嫌われるのが怖い。

熱を持ったままの胸が、また疼く。



「レン」



何度も忘れようとしたのに、いつだってまた同じ処に戻ってきてしまう。
カナリアン・ビューで気付いた時からずっと、ずっと。
本当は、その声に、その腕に、オレは甘えたくて仕方がなかった。
君の全部を、自分のものにしたかった。

でも、それは…。



「…やっぱり酔ってる、よ。
もう、帰ろう」



アベ君からゆっくりと視線を逸らす。
病気なんじゃないかと思うくらい、心臓が痛い。

そうだ。
アベ君はお酒のせいで、ヘンなコトばっかり言うんだ。
今だってきっと、酔っ払って訳分かんなくなってるだけだ。
でなきゃ。
そう思わなきゃ、オレがおかしくなりそうだ。

もう一度、公園の外へと足を向けた。
オレこそ酔ってるんじゃないかと思うくらい、頭がくらくらする。

しっかりしなきゃ。
そう思って深呼吸しようとして。



「レン―」



夜の空気を吸い込んだところで、手も足も視界も固まってしまう。

背中に感じるアベ君の体温は、思考を奪うほど熱くて。
オレの胸の前で交差した腕の力も、すごく強くて。

気がつけば、オレの身体は完全にアベ君に閉じ込められていた。





080321 up
(111217 revised)









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