DOLLシリーズ
防衛策
君と出会ってしまった以上、もう引き返せない。
たとえ、それが見せかけの繋がりであったとしても。
偽りの愛情であったとしても。
君から与えられるものなら、それはオレの総てとなるから―。
監理局の人が去って数分後、スヤマ君がタジマ君達の潜った地下通路に小さな鉄玉をいくつか転がした。
下り坂になっているから、その内タジマ君に辿り着くし玉の転がる音でも気付けるのだと、オキ君が教えてくれる。
けれど、オレは不安と困惑と衝撃で、目の前の彼らから気持ちが離れたままだ。
彼女は、監理局は、アベ君をもターゲットにしているのだろうか。
いや、多分それはない。
ミハシ家の所有ドールと知っていて今でも放置しているのは、監理局がアベ君をマークしていない証拠だ。
でも、それにしたって彼女にはただの知人を超えた馴々しさがあった。
母さんにも、アベ君に対しても。
そして、彼女に覚えた違和感。
あれは―
「どしたの、ミハシ博士?」
「う、ぉっ!
あ…、フミキ 君」
「ただいま」
「お、おお帰り、なさい…」
いつの間にか戻ってきたフミキ君はぼんやりしていたオレを不思議そうに見ていたけれど、返事をするとにっこりと笑ってくれた。
彼がリサイクル・ドール。
それがどういうことなのか、タジマ君も彼も、そして皆も理解しているのだろうか。
「よっ、と。
たっでぇま〜!」
タジマ君が床から這い上がり、元気な声を響かせる。
「『たっでぇま〜』じゃねぇよ。
こっちは本気で焦ったぞ!」
「ごめんごめん。
でも、オレやフミキは何も悪くねぇぞ!」
おどけるタジマ君の帰還でようやく元の部室の雰囲気となり、オレにも少しだけ平静さが戻ってきた。
二人のことを含め監理局の動向を調べる必要があるけれど、変に彼らを怖がらせたくはない。
そう決めたオレは、ハナイ君の号令に従っておとなしく作業を再開した。
「フミキ君は、ご両親の忘れ形見でね」
帰り道、今日のことで話をしておきたいとニシヒロ助手に言われ、誘われるまま小さなカフェに入った。
飲み物が運ばれた後、ニシヒロ助手が徐に口を開いてオレをどきりとさせた。
オレにとってのアベ君も、『両親の忘れ形見』だから。
「タジマ君の誕生日プレゼントに、とブローカーから購入したらしい。
けれど、誕生日の数日前に事故でご両親が亡くなってしまって…。
誕生日に届いたフミキ君に、憔悴しきっていたタジマ君は救われたようなものだから、ひどく懐くのも無理ないんだよね」
独りきりになったと思っていたところに、家族として現れたドール。
確かに、すがりついてしまうだろう。
オレは物心がついた時には既にアベ君と二人きりだったから、肉親を失った悲しみを感じずにいたけれど。
「フミキ君を見た時、すぐにリサイクル・ドールだと気付いてはいたんだ。
けれど、それがダメなことだなんて言えなかった…。
実際、正式に違法と決まったわけじゃないし…」
リサイクル・ドールが問題視されたのは、ここ数年の話。
通常、一つの役割を終えた時点で稼働停止となるドールを、再度または継続して稼働させるというのだ。
稼働停止となったドールの大半が、延長稼働させても機能上に問題がないことから、安価で一般市民や中小企業に再販売する団体が現れた。
ドールの精神衛生上、そして顧客のプライバシー保護に芳しくない影響を及ぼし兼ねないと、メーカー側の大半は反対意見を述べているが、政府はまだはっきりとした見解は出していない。
対応として、政府管轄の研究機関、そしてこの問題に中立の考えを示すARC・カンパニーの共同によるドールの再利用の検査を続けているという。
現在のドールに関する法律では、再利用禁止の条項が設けられてはなく、一時的に禁止する特別措置が政府議会で提案されているけれど、まだ議論中だ。
調査結果が出るまではメーカー側に使用済ドール回収の徹底を促しているが、努力義務では実状はおぼつかない。
「―君は、どう思う?」
「へ?あ、え おっ、」
「だからさ、リサイクル・ドールについて」
こういう質問が一番苦手だ。
簡単なことなら良いけれど、学術的な議論は言葉を正確に選んで整然かつ簡潔的に述べなくてはいけない。
学会発表前日とか、本気で逃げ出したくなるくらいだ。
意見がない訳じゃない。
けれど、即興でなくても延々と話すなんて、オレにはきっと一生無理だと思う。
「あ、あの…オレ は、そ、の…」
ガラステーブルに載せられた、二つの白いティーカップと中に注がれた琥珀色の紅茶。
すぐそばにこれもまた白い容器に入れられたミルクと、透明の瓶の中でコルクの蓋に閉じ込められている白い角砂糖。
琥珀色だけがやたらと目についた。
「ミハシ君は、フミキ君を見てどう思った?」
追い討ちをかけるように、ニシヒロ助手の言葉が重ねられる。
「フミ キ、君…」
もし、アベ君がリサイクル・ドールとして回収命令が出たら。
オレはどうするだろう。
アベ君を連れて逃げるだろうか。
アベ君はどうするだろう。
ドールの性質ゆえ、運命をおとなしく受け入れるのだろうか。
―ううん、違う。
きっと、オレ達は真逆の行動をとる気がする。
「お、オレ は…」
ニシヒロ助手が少しだけ身体を乗り出させるから、オレは反射的にのけ反った。
それでも彼に答えるべく、どうにか声を出す。
「あの、…オレは、ドール の、意思…を…」
「?」
「そん、ちょー すべき、かと…」
「ドールに決めさせるってのかい?」
ニシヒロ助手が唖然とするものだから、オレはおかしな発言をしたのだと思い、恥ずかしさで顔が熱くなる。
けれど。
たとえおかしいと言われても、きっとオレは考えを変えられない。
「無理だよ、ミハシ君」
予想通り完全否定したニシヒロ助手は、子供のオレを諭すように穏やかな笑みを浮べる。
「確かに、ドールは優秀だよ。
けれど、元来目的があってこそのドールなんだよ。
意思なんて有り得ない」
「そ…です、か………」
そんなこと、絶対にない。
アベ君もフミキ君も、ちゃんと自分の意思で生きている。
確かに、ドールには課せられた任務はある。
けれど、その為に心を砕くドールの言動は自発的なものだ。
「ミハシ君は読んだことがあるかな」
「は い…?」
「若くしてこの世を去ったトウセイ・ラボラトリーの次期代表、タカセ ジュンタ氏の論文を」
ニシヒロ助手は、ティーカップを持ち上げたが紅茶を飲むでもなく、ただじっと琥珀色の液体を見つめている。
その名につい反応してしまったオレには気付かなかったのだろうか。
「彼はドールの精神構造について、こう述べている。
『ドールの精神は、人類のあらゆる慈愛の在り方を網羅した優れたシステムで成り立っている』のだと。
それはつまり、過去の人間の言動パターンを統計したサンプリングだということだよ。
ドールの中の膨大な思考データにキャラクター設定を加わることで言動パターンが人間と同等、否、人間以上になる。
これをドールの個性と錯覚するんだ。
そんな彼らに尋ねて回答を得たとしても、それはコンピュータがはじき出した結果に過ぎない。
果たして、そこに個としてのドールの意思があると認めていいのだろうか」
ミルクを入れた紅茶を時折口に運びながら、オレはニシヒロ助手の演説をおとなしく聞いた。
反論したいことはたくさんある。
けれど、口下手なオレに議論は無理だし、持論はあくまで憶測、立証できなければ机上の空論だ。
「君は案外、ロマンチストなんだね」
聞き慣れない単語に不意に驚かされ、オレは噎せてしまった。
「だ、大丈夫かい?」
「………す、すみません。
大丈夫、です」
ロマンチスト…。
アベ君にだって言われたことがない。
きっと、それはオレの世間知らずを取り違えただけだ。
「ミハシ君の家にも居るのかい?」
「う、ぇ?」
「家族同然の、何より大事なドール」
噎せて乱れた呼吸を無意識に止め、オレはニシヒロ助手の様子を上目遣いで確認したが、先程まで全く口を付けていなかった紅茶を飲んでいるだけだ。
スクールで出会った監理局の女性に抱いた不信感のせいか、アベ君の話になると神経が立ってしまう。
彼も彼女も悪い人だとは思わない。
けれど、未だ人に不慣れなオレは常に警戒するくらいが良いだろう。
「…ドールは、います。
オレの保護者 として…」
怪しまれぬよう、通常のドールと変わらないところだけを伝える。
「そうか。
だからかもしれないね」
「へ?」
「ドールの意思、という発言だよ。
家族の一員と思えば、君の意見は至極当然だよ。
己と等しいはずの存在が、造り上げられたものだなんて、誰も思いたくないからね」
「は…ぁ」
穏やかな笑顔を再びオレに向けたニシヒロ助手は、アベ君についてそれ以上追求しなかった。
その日の夜、食堂でいつものようにイチハラさんと食事をしたけれど、監理局のことやリサイクル・ドールについては話さなかった。
けれど、それは彼を警戒したからじゃない。
イチハラさんに、避けられたり呆れられたりするのが、何となく怖かったから。
アベくんとは違うけれど、彼もまたオレにとって大切な人だから。
少しずつ子供でなくなるオレは、君以外の人との世界を必然的に広げていったけれど。
大切な人が増える度に、君が愛しくて恋しくて胸を痛ませる時間が長くなって…。
ねぇ、アベ君。
一人じゃないのに、寂しくて泣きたくなるのは人間だけなの―?
080317 up
(111209 revised)
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