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DOLLシリーズ
黙示録

「彼に、ヨロシクね」



彼女の短い言葉と不敵な笑み。
それらが何をさすのか、その時のオレには分からなかった。
ただ、誰にも見せたくない秘密の宝物を無理矢理暴かれたような気がして。
オレは生まれて初めて、人に対して嫌悪感を覚えた。





ハイスクールのドール研究部に通い始めて数週間が過ぎた。
オレがニシヒロ助手に頼まれたのは、ドール研究部が夏のロボットコンクールに出品する作品の制作に、アドバイスをしてあげて欲しいということ。
ドールの研究といっても、実際にドールを扱うには高度な知識と莫大な費用がかかるから、彼らのようにロボットを代用にして勉強する生徒は少なくない。
ドール研究部の皆はとても熱心で、そんな彼らに触発されたオレは彼らの手伝いはもちろん、自身の研究にも更に力が入った。

そうしてあっという間に5月を迎え、オレはふと重大な約束を思い出した。
2週間後の土曜はオレの誕生日だから、昼から自宅に帰らなくてはいけない。
第一週の来校日に、慌てて部長のハナイ君に翌週休むことを伝えた。



「ごめん、ね。
まだ始まったばっかり なのに」

「そんなの気にしないで下さいよ、無理に頼んでんのはこっちなんすから。
それに、ニシヒロ先生は来るだろうし」

「え〜!ミハシなんで来れねんだよ?
分かった、デートだ!
そうだろ、ミハシ〜?」



ハナイ君と二人で言語プログラムを組み立てていたところに、急にオレの背中に負ぶさって話に入ってくるタジマ君の行動にも驚いたが、それ以上にいきなりの「デート」発言にオレはかなり動揺した。



「ち、ちがう!
そんなんじゃ、ないんだ!!」

「とか言って〜、ミハシ顔真っ赤だぞ!
やっぱデートなんだ!
な、ハナイもゲンミツにそう思うだろ?!」

「…タジマ、そんなことはどうでもいーから、さっさと自分の担当分を仕上げてくれ」



ハナイ君は頭を抱えながら、タジマ君の首根っこを片手でひっ捕まえて元の席に無理矢理座らせた。



「そうそう、休憩もいいけどユウはしょっちゅう息抜きだらけだからなぁ。
集中力はあんのに、それを引き出すまでどうしてこんなに時間がかかるんだか」



タジマ君の隣で配線の手伝いをしていたフミキ君が、苦笑混じりにその様子を眺めている。
タジマ君に向けられた彼の目はとても優しくて、オレはまたアベ君を思い出す。

アベ君の目もあんな風に、ううん、もっと優しく笑っていつもオレを見てくれていた。
オレが手を差し出すと同時に、それを掬い取ろうとするアベ君の手が自然に迎えてくれて、オレがアベ君に抱き付こうとすれば、ちゃんと腕を広げて受け止めてくれて―。



「お〜い、ミハシセンパイ。
手が止まってるよ〜」

「うぉっ、ご、ごめんなさいっ」



気がつくと、オキ君が目の前に手をひらひらさせて笑っていた。
ダメだ、フミキ君を見ているとアベ君のことを考えてしまう。
全然似ていないけれどドールの特質のせいか、どうしてもダブらせてしまう。



「どうかした?」

「う、うん!何でも ない」

「やっぱデートのこと考えてたんだ!」

「あ゛〜!また分かんなくなっちまったよ!!
タジマは少し黙れ!!」



動作プログラムのチェックに入っていたスヤマ君は、集中したいと言って一番奥のコンピュータを陣取っていたけれど、防音代りの仕切も扉もないからタジマ君の騒がしい声にとうとうキレてしまった。



「本当に時間無くなっちまうから、いい加減真面目にやれよ」

「ほ〜い」



スヤマ君の怒りに触れたことで、タジマ君がようやく作業に専念しようとした時だった。



「た、大変だ!」



差し入れのジュースを買いに行っていたニシヒロ助手が転がり込むように部室に入ってきて、タジマ君とフミキ君を見ると二人に駆け寄った。



「ヤツが来てるんだ!すぐに隠れて!!!」

「えっ?!ちょっ、なんでこんなトコまでくんだよ?!もう〜!!!」



タジマ君は文句を並べつつも、隠れ場所を探す。



「あ、あの……何が、」

「ミハシセンパイはいーから!」

「は、はい…」



事態を理解できないオレは仕方なく彼らを静観していると、先程までタジマ君を怒っていたスヤマ君がタジマ君に何やら促している。



「とりあえず、今日はここ使っとけ」



そう言ったスヤマ君は、自席の下の床を開けた。
中は、狭いけれど長い通路になっているようだ。


「帰ったら、すぐに教えてやっから」

「悪ィ。フミキ、来いよ!」



タジマ君は皆に謝ってから、先に床下へと潜り、フミキ君に手を差し延べる。
一度も慌てる様子のなかったフミキ君は、一度オレを振り返って「また後で」と笑ったと思ったら、タジマ君の手を取って狭く長い闇へと消えてしまった。
二人が行ったのを確認してから、スヤマ君は床をゆっくりと締めて椅子を置き、作業の続きを再開する。
ハナイ君とオキ君も同様、ニシヒロ助手は買ってきたペットボトルを作業台に置いて、大きく息を吐いた。
何が起きたのか、オレにはさっぱり分からない。



「あ、あの………」

「後で説明しますよ」



ハナイ君はそれだけ言って、彼もまた作業に戻る。
普段の自分たちを装わなくてはいけないらしいことは、事情を知らないオレでもさすがに理解できたので、彼らに倣って席に着いた。

ドアをノックされたのは、それから1分も経っていなかったと思う。
とても静かに叩かれたので、部室内に漂う緊張感とかなりギャップを感じた。



「来たな」



ハナイ君はゆっくりとドアに近付き、「どうぞ」と来訪者に声をかける。
許可を得たからか何の躊躇もなく開かれるドアを、オレは息を呑んで見つめていた。



「こんにちは!タジマ君は居ますか?」



快活な声と共に部屋に入ってきたのは、髪の長い鋭い目をした女性だった。
パンツスーツと小さなショルダーバッグが、彼女の行動力を表している。
人の目を惹きつけるのに十分な容姿ととても人懐っこい笑顔に、オレは呆気に取られた。
部員の様子からでは、もっと悪そうな厳つい人でも来たのだと思っていたから。
けれど、何か違和感がある―。



「あ、すみません。
タジマ君は用事があるとかで、今日はもう家に帰ってしまいまして…」

「あら、ニシヒロ先生!今日もご苦労様です!」

「あ、いや、どうも…」



どうやら、ニシヒロ助手は彼女が苦手らしくどうにも及び腰だ。



「ハナイ君。
彼、今日もドールを学校に連れて来てたでしょ?」

「さあ、今日は見てないスから」



ハナイ君も平静を装っているものの、どこか落ち着きが無い。
他の部員もそうだ。
心情的には当然だが、それ以前に彼女の空気に呑まれてしまっている様な気がする。
そして、そんな恐ろしい存在らしい彼女がオレに気がついて少しだけ目を見開いたので、オレは思わず小さな悲鳴を上げてしまった。



「あら、見慣れない生徒さんね」

「あ、あの、おおおおオレっ、は…」

「いや、彼はここの生徒ではなくてですね―」



ニシヒロ助手が間に入ってくれたので、オレはどうにか逃げ出さずに済んだ。



「キャリアスクールの研究室から、私が無理矢理連れてきたんですよ。
彼らのコンクールが近いので、彼に少し手伝ってもらえればと思いまして」



タジマ君から話題が逸れて、室内の空気の緊張が少し和らいだ。
けれど、オレは彼女の視線から逃れることができなくて、呼吸も忘れて固まったままだ。



「……あなた、お名前は?」

「へ?えっ、あ、ああお、オレ、オレ、はっ―。
みっ、みみミハ シ…… レ、ン です……」



早く解放してほしくて素直に告げたのに、彼女はオレの名を聞いて更に近づいてきた。



「ミハシ?
ミハシって……、もしかして貴方ルリ姫の息子さん?」

「へ…?ひ、ひめ?」



ルリは確かに母さんの名前だけれど、どうして「姫」なんて言うんだろう。



「そっか〜、どこかで見た顔だと思ったのよね!
あなたも、お母様と一緒で科学者を目指しているわけね。
でも―、もうキャリアスクールってことはかなり優秀なのね、レン君は」

「ゆ、優秀 なんかじゃ ない、です」



この人は誰なんだろう。
聞きたいのに、口下手のせいでどうしても言葉にできない。


「とにかくタジマが居ないんじゃ、あんたも仕事になんないでしょ。
そろそろ、ご退場願えますか?」



オレが会話している間に態勢を整えたらしいハナイ君は、今度は強気で彼女に迫った。



「そうね、恐らく校舎内のどこかに居るはずだから、そちらにあたってみます」



笑顔で応える彼女の言葉に取り繕った虚勢は呆気なく壊され、ハナイ君は少したじろぐ。
しかし、彼女はハナイ君を気にする風もなく、再びオレに声をかけた。



「レン君」

「は、はいっっ!」

「アベ君は元気?」



(どうして、アベ君を……?!)



オレの身体に、先ほどまでのものとは全く異なる緊張が走る。
言い換えるならば、戦慄だろうか。
あんなに逃げ惑っていたオレの視界は、今は完全に彼女に固定されてしまっていた。

彼女は敵なのか?
アベ君をどこまで知っているんだ?
オレ達に関わるつもりなのか―?

今度は、彼女から目を逸らされてしまった。
否、彼女は腕時計で時間を確認したのだ。



「あら、本当に時間が無いわ。
ごめんなさいレン君、ろくに挨拶もできなくて」

「え、あ―」

「ニシヒロ先生、ハナイ君、またお伺いしますね」



彼女は丁寧にお辞儀をし、ドアノブに手を掛けながら振り返った。



「あ、レン君」



再度彼女に呼ばれたオレは、今どんな顔で彼女を見ているのだろう。



「彼に、ヨロシクね」



彼女は笑顔で手を振って、今度こそ扉を閉めた。



「ふぅ〜、とりあえず難は去ったかな」

「あぁ、校舎内って言われた時はびびったけど、この部屋から出てくれりゃ問題ないしな」



オキ君とスヤマ君が額の汗を拭うふりをして苦笑する。



「ごめんね、ミハシ君。
君を巻き込むつもりは無かったんだけれど…」

「ニシヒロさん……、彼女は誰 ですか?」

「監理局の狗ですよ」



ニシヒロ助手に代わって答えられたスヤマ君の言葉に、オレの心臓が強く跳ねる。



「タジマ君、目を付けられてるんだ。
フミキ君のことで……」

「リサイクル・ドール、ですね―」



オレの問いにニシヒロ助手は口を噤む。

法律がまだ整備されていない現在は刑罰を科せられないとはいえ、事実上違法扱いとなるリサイクル・ドール。
それを追う監理局の女性。

オレの中で、今までに感じたことのないドロドロとした思いが溢れそうになるのを感じた。





言い換えるならば、嫉妬、憎悪、敵意。
そんな言葉になったのかもしれないオレの感情は、とても醜くて嫌なものであったけれど、捨て去る気は更々なくて。
寧ろ、それを糧に何者からもアベ君を守ってみせるとさえ思っていた。

人を想う気持ちは、時には優しくて、時には凶暴で、時には儚くて。
それらが自分ではコントロールしきれない力を持った時、止めてくれるのは誰なのか。
答えを見失って始まった悲劇は、カーテンフォールまで酷く君を苦しめたけれど。
ねぇ、アベ君。
オレは少しでも、そんな君の心の支えでいることができたのかな。





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(111126 revised)






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