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DOLLシリーズ
自尊心(第二部 序章)



離れて初めて分かることがある。
例えば、君の愛情の深さだとか、オレの世間知らずな考え方だとか。
知らなかった訳ではないけれど、それらが日々浮彫りになっていくのが辛い。
一人では生きていけないのだと、君に縋りつきたくなるから。





「ミーハーシッ!」

「うゎっ」



頭元に響いた大きな声に夢からいきなり現実に引き戻されて、オレはソファーから飛び起きる。
研究室の隅で少しだけと思って横になっていたのだが、頭がすっきりしているからかなり眠ってしまったんだと思う。
開けたままの窓から、春の風が舞い込んでくる。
深呼吸すると、春の匂いがした。



「…あ……、お、オレ、かなり寝て た?」

「おー、グッスリな」



寮に帰ったはずの研究チームの仲間が、オレを探して起こしてくれたみたいだ。



「あ…い、イチハラさん、今何時、ですか?」

「11時。
もう今日は休めよ」

「あ…、でも、あと少し、だけ」



せめて、寝過ぎた分だけは取り戻しておきたい。

暖かい気候になったから深夜に起きているのも気持ちが良くて、オレは最近昼夜が逆転しそうな勢いで時間に関係なく研究室に入り浸っていた。



「研究に打ち込むのは結構なことだけど、そんなじゃ身体壊すぜ」



イチハラさんは呆れ気味にオレを見る。
けれど、オレはどうしても続けたかった。



「あとちょっとしたら、休みます」

「ホント、お前って頑固だよな」



そう言いながらも奥のミニキッチンで淹れたコーヒーをオレに差し出し、隣に座って一緒に作業を開始し始める。
コーヒーにはちゃんとミルクも砂糖も入っていた。
イチハラさんはいつだってそうだ。
去年、他のカレッジからここのキャリアスクールに入学してきたイチハラさんは、年下のオレと研究チームが一緒になったのをきっかけに、何やかやと世話してくれていた。
同じ寮になったこともあって、今は一緒にいる時間が一番長い人だ。
意外と面倒見がいいところやちょっと粗雑な言葉遣いに、時折アベ君を重ねてしまう。



「なぁ、前から気になってたんだけど」

「うぁ、は、はいっ」



急に話しかけられて、手元の作業に集中しかけていたオレは思い切り驚いてしまった。



「いや、そんなにキョドんなくていいから」

「あ、ごっ、ごめんなさい」

「ミハシは何でそんなに研究に必死になんの?」

「へ?」



カレッジでもそうだが、専門で学ぶ以上は誰でも研究に心血を注いでいると思っていたし、今までそんなことを聞かれたことがなかったので、オレは返事に戸惑う。



「キャリアまで進んでドールの研究をする動機、聞いたことなかったなって思って。
やっぱ、いずれは大手のドールメーカーに入んの?」

「あ、」



オレは何だか、急に気恥ずかしくなった。
そんな風に、オレのことに興味を示してくれた学生に出会ったのはシュウちゃん以来だったから。



「い、イチハラさん は?」



いつもの自分なら、相手に問い返すなんてできない。
増して、相手の問いをさしおいてなんて論外だ。
オレは妙に浮ついた気分になって、自分でも信じられないくらい言葉が出てきた。
イチハラさんと話していると、たまにこんな風になる。
きっと、オレは嬉しいのだと思う。



「え?オレ?」

「イチハラさんは、ドール 好きなんですか?」



すると、イチハラさんは少し考えるように腕を組んでディスプレイをぼんやりと見ながら、ポツポツと話してくれた。



「オレ、兄弟型のドール持ってたんだ」

「兄弟型…ですか。
じゃ、今 は、」

「うん、もう居ない。
オレがカレッジに合格した後、センターに返したよ」



通常、ドールは課せられた任務を遂行すればメーカーに返却することになっている。
ドールの倫理上、法律で定められているのだ。
平たく言えば、永遠に近い生命を持つことができるドールが人間と共生する為に、命の期限を決めているということ。
アベ君は特別だから、期限が少し違うけれど。



「オレ、すっげぇ辛くてさ。
ちゃんとお別れだってしたのに、いい歳して数日間泣いてた」



分かる気がする。
オレなんか、もしアベ君と二度と会えなくなってしまったら泣くだけでは、きっと済まない。



「カレッジに行こうと思ったのも、ダイチが居たからなんだ。
あ、ダイチってオレのドールの名前なんだけど。
アイツのような良いドールをオレが作れたら、たくさんの人たちがそれで幸せになれたらって思ったから…。
別れは辛かったけどさ、辛いってことはそれだけ今まで幸せだったってことだしな。
だから、柄にも無くこんな道選んじまったんだよなぁ。
どんどん勉強が難しくなって止めちまおうかって思うこともあるけど、ダイチとの約束だからこれだけは破っちゃいけないんだ」



そう言って、イチハラさんは照れたように笑って頭を掻いた。
やっぱりドールは家族となる人間に多大な影響を及ぼすのだと、イチハラさんを見て再認識する。
そして、オレもその一人なのだと思い知る。



「んで、ミハシは?」

「へ?あ、オレ は、」



忘れてた、オレが聞かれてたんだっけ。

自分がこの道を選んだ動機。
それは、最初は至極単純なことだったような気がする。
両親と同じ道だから、とか、アベ君が褒めてくれたから、とか。
今思えば笑えるくらい大したことのない子供っぽいもの。
それがいつしか、アベ君を自分がメンテナンスできたら、アベ君のような素敵なドールが作れたらって思い始めて。
そして、今はアベ君を手に入れる方法を模索している。

カレッジに行く前くらいまでが、まともな動機を持っていた時期だったかもしれない。
今のオレの願望は、人間にとってもドールにとっても世間では芳しくないと思われることだから。
それは、アベ君さえも望んでいないことなのかもしれない。



「ミハシ?」

「あ、ご、ごめんなさい。
えと、オレ は…」



そう、アベ君は望んでいないのかもしれないのだ。
それなのに、オレはこの道を曲げられない。
イチハラさんの言うとおり、オレは頑固なんだと可笑しくなった。



「……何笑ってんだよ」

「ごめん、なさい。
何か急に、可笑しくなって―」



なんてエゴの強い人間なんだろう。
アベ君の心は手に入れられなくても、命は自分の思うままにしたいとでも考えているのだろうか。
亡き人へ挑戦状を叩きつけた3年前に、自分の愚かさは理解していたはずなのに。
オレは、もしかしたら『アベタカヤ』と同じことをしようとしているのかもしれない、なんてことに今更気がつくなんて。

けれど、オレはこの道に自分なりの答えを見つけたい―。



「オレは ね、ドールと生きる方法を 探してる」

「は?
ドールと生きるって?
ドールは人と生きるもんだろ?」

「オレはドールと、自由に生きる方法、探して いるんだ」

「……?」

「けれど、時間無くて…。
でも、負けられない、から」

「誰に?」



イチハラさんの問いには答えず、窓の外を見た。
街灯に照らされた桜が、闇に儚い薄紅色の柔らかい雪を降らせる。

アベ君との記憶が、オレの心に、身体に、総て蓄積されていく。
そして、それらは些細なきっかけでいつでも頭の中をリフレインする。
今もそう。
アベ君にシティのカレッジに行きたくないと駄々をこねた日。
家を出て寮に入るオレをアベ君が見送ってくれた日。
全部、全部、鮮明に思い出せる。

アベ君に会いたい―

今、無性に会いたいと思った。



「もう、ずっと前に 居なくなったヒト。
……絶対に、負けられないんだ」

「ミハシ…」



その為に、今の場所を選んだのだ。
立ち止まったり、振り返ったりなんてしている時間はない。

イチハラさんは、それ以上はオレに訊ねようとしなかった。
ただ、「それなら、一緒に頑張ってやるよ」とだけ言って、結局二人して夜中の2時過ぎまで作業をしていた。





翌朝、アベ君の夢を見て目覚めたオレは、やっぱりアベ君に会いたくて仕方がなくて、涙さえ零してしまったけれど。
今、会えば絶対に甘えてしまうから。
だから、一言「昨日の夜も春の匂いがしたよ」ってメールだけ送った。

ねぇ、アベ君。
人はいずれ死んでしまうのに、この世から居なくなってしまうのに、どうして『譲れないもの』があるのだろう。
大人になるほどその思いは強くなる一方で、オレは自分の願いを持て余し気味で。
相変わらず、自分のことしか見えていなくて…。
すぐ傍に近づいていた70年前の亡霊にさえ、しばらく気がつかずにいたんだ。





080211 up
(111118 revised)







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