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DOLLシリーズ
秋宵祭(ANNEX)



オレはネット通販の画面と小一時間は睨めっこしている。
傍に置いているコーヒーは既に冷め切っていた。



「くそっ、なんでこんなイベントがあんだよ?!」



パソコンに毒づいても、当然返事はない。
昨夜、ベッドで寝かしつけているオレにレンがねだった。


「ハロウィンには、三角の帽子と、マントと。
…あと、カボチャのランタン、だよ ね」


本当に楽しみにしているのだろう。
頬を上気させて上目遣いで嬉しそうにオレを見た。


「何が『だよね』だっ」


去年までは、どんなに説明してもお化けの日だって泣いてオレの後ろに隠れていたくせに。
だいたい、なんで三角帽子とマントとカボチャなんだよ?!
誰が決めたんだよ?!!

愚痴りながらも、オレは次々にヒットしていく画面から、レンに見合うアイテムを探すのに躍起になっていた。







       







「あ、アベくん、アベくん」



ハロウィンの夜。
橙色のランタンを飾る近所の家々からかき集めてきた戦利品を袋いっぱいに詰め込んで、レンは上機嫌だった。
オレはソファに寝転んで雑誌を読んでいたが、レンの小さな手に揺さぶられて居眠りをしていたことに気付いた。
まだ興奮気味に目を輝かせてオレを見る。



「ん…、お帰り」



ぼんやりした意識の中、レンの頭を帽子の上から撫でてやる。



「あの、あのね」

「あ?」

「とりっく あ〜 とりっく?」



…………は?



「あ、アベくん」

「………何だって?」

「だからぁ、とりっく あ〜 とりっく?」



………おいおい、それじゃあお菓子はもらえねェぞ。
てか、オレちゃんと教えてやったじゃねぇか、間違えんなよ…。

まだ異国語を理解できないレンは、何かの呪文でも唱えているつもりなのだろう。
自分の誤りに気付きもせず、オレからお菓子をもらえるものと思い込み、レンはワクワクしながら待ち構えている。



「…持ってねぇよ」

「ふぇ?」

「ほら、何も持ってねぇから」



オレは上半身を起こし、わざわざ上着のポケットを見せる。
レンは大袈裟なくらいにポケットの中を覗き込んでから、肩を落としてリビングを出た。
黒いマントと帽子そのものが落ち込んでいるように見えて、思わず噴き出しそうになる。



「イタズラしか選ばせなかったのはお前だぞ」



既にレンには聞こえないけれど、オレはこっそり突っ込みを入れた。
冷蔵庫には、カボチャやチョコレートで作ったお菓子がたくさんある。
後で出してやれば、すぐに機嫌を直すだろう。

しかし、程なくして帽子もマントも外したレンは、オレのマグカップをトレーに載せてゆっくりと入って来た。
リビングに独特の甘い匂いが立ち込める。



「お前………」



言葉は間違っていても、やることは正しく覚えていたらしい。
レンが運んできたモノ。
それはレンの好きな、オレの苦手な、マシュマロ入りホットチョコレート。
甘い物は嫌いじゃない。
でも、この組み合わせはないと思う。
ある意味スイーツの暴挙だとすらオレは言いたい。
レンはそっとローテーブルにトレーを置き、満面の笑みを浮かべてオレにマグカップを差し出す。



「アベくん、のんで」



レンにしては上出来のイタズラ、否、嫌がらせだと思った。
しかも、許可したのは他でもないこのオレ。
カップの中では5つもの憎々しいマシュマロが、呑気に甘ったるい風呂に浸かっている。

仕方ない、まだ可愛い類いのイタズラだ。

じっとオレの様子を窺うレンに負け、諦めてマグカップに口をつける。



「………っ!ブハッ!!!」



オレは本気で吹き出した。



「〜〜レン、てんめェ……!」



オレが甘かった。
泣き虫でも弱虫でも、コイツは正真正銘ルリの子供だ!

レンは珍しいくらいにはしゃいでオレから逃げる。



「待てよ、おい!」



口の中に止どまる不快な味に苛立ちを感じながら、オレはレンを追い掛ける。
レンがどんなに本気で逃げても所詮は子供、所詮は家の中。
あっという間に、オレに捕まった。



「ハハッ、ごめん、なさい!ごめん ってば」

「お前なぁ、笑いながら言う言葉じゃねぇぞ!!」



そう言いつつ、オレは本気で怒れていない。
在りし日のルリとダブって懐かしさが込み上げたのと、レンの心底幸せそうな笑顔を見られたことで、些細なイタズラへの報復は相殺されてしまう。
オレは負け惜しみで、レンがギブアップするまでぎゅうぎゅうと抱き締めた。
レンは何度も謝りながら、ずっと笑い続けて。
気がつけば、オレもつられて笑っていた。





オレの母さんは、お菓子をくれなかったアベ君にハロウィンの翌朝、マスタードがたっぷり塗られたサンドウィッチを食べさせたんだって、アベ君が教えてくれた。
ホント変なトコロが似てるよなって、マシュマロ入りホットチョコレートに塩を混ぜたオレにアベ君は苦々しげに愚痴を言った。
けれど懐かしむような目もしていて…。

ねぇ、アベ君。
もうお化けになれる子供ではなくなったけれど、君の作ったカボチャやチョコレートのお菓子が今も大好きだから。
あの呪文を言ってみたいな。



―trick or treat?―



071028 up
(111031 revised)





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