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アベミハ大学生シリーズ
12P

俯いた頭に冷水が勢いよく降り注ぐ。
心地良さを感じたのは一瞬で、首筋に伝った水滴で悪寒が走った。
風邪が悪化するかもしれないと頭を掠めたが、他の手段を考え直す余裕なんてない。
それでも、痛いくらいに早鐘を打つ心臓は簡単には収まってくれそうになかった。

さっき、三橋にどこまで触れたっけ?
オレはアイツに何を口走った?

放置したままの三橋と暴走しかけた自分へのフォローのために、省みたくもない先程までの所業を思い出す。
排水口に流れていく水の速度に合わせるように、記憶はスムーズに頭の中を駆け巡る。

三橋の身体には何の負担もかけずに済んだはずだ。
欲に負けて付けてしまった跡も、時間が経てば消える。
問題は、オレがしようとしていたコトと伝えたかった想いを、三橋が理解できていたかどうか。
否、いくら三橋でもさすがにあの行為は分かっただろう。
なら、理解しているとした場合の今の三橋は何を思っているだろう。
どう考えても、誠意ある態度とは受け取れなかったはずだ。
そんな醜態を晒しておいてオレの気持ちを理解しろだなんて、到底言えたものではない。



「………格好悪ィ」



神に仕える人がよく禊だとかで水に打たれているけれど、オレも全身から水を被って反省した方が良いのかもしれない。
そう思って頭を上げようとした時、握っていたシャワーヘッドを強い力で取り上げられた。



「な、何やってんだ阿部君?!」



少しだけ顔を上げると、シャワーヘッドを握り慌ててハンドルを閉める三橋がいた。



「み、水なんて、何考えてんだよ?!」

「…何って………頭、冷まそうと思って…」



三橋は訴えるようにオレを見ているのに、オレはいたたまれず三橋から視線を逸らし歯切れの悪いセリフを吐く。
まるでいつもとは真逆だ。



「タオル、取って来る―」



三橋はそれ以上追及しようとはせず、先にオレの身を案じてくれる。
本気で自分が情けないと思った。
どんなに偉そうに言葉を並べても、結局の所は三橋に何もしてやれてないような気がした。
いつも自分の想いをぶつけてばかりで、それに巧く応えられなかったり勘違いしたりする三橋に苛立って。
そんなで「カノジョができたって認めない」なんて、よく言えたものだ。



「阿部君、身体冷えちゃうよ。
こっち、来て」



戻ってきた三橋が頭から柔らかくタオルを被せてくれ、オレの腕を引く。
意地も気力も喪失しているオレは、顔を上げられないままおとなしく三橋に従った。
バスルームから出てきたオレの頭を、三橋は少しだけ背伸びしながら優しくタオルで拭っていく。



「シャツ、濡れちゃってる。
後で、着替えなきゃ…」



三橋の温かい言葉に胸が詰まる。
かと思えば、三橋の首筋を無意識に辿った視線の先に自分が創った暴走の跡を見つけてしまい、落ち着きかけていた心拍数をまた上げそうになり、慌てて三橋の白い足の爪先に目を落とした。

オレは何をやってんだろ。
気の利いた言葉も見つけられず、不安定な状態で放り出した三橋に手間までかけさせて、それでもまだ自分の体裁を取り繕うことを考えている。
すげぇ無様だ。

しばらくされるがままにおとなしくしていたが、気がつくと三橋の手の動きが止まっていた。
微かな震えを感じて、オレは思わず顔を上げる。



「…なんで、泣いてんだよ」

「だ……て………」



三橋の両手が頭から徐々に滑り落ち、タオルの端を掴んで止まる。
そして、オレの肩に凭れるようにして涙を流した。



「阿部…君は、……バカ だ………っ」

「………ん、そだな…」



自分でもそう思っていたが三橋にバカ呼ばわりされたのは初めてだった分、正直キツかった。



「ごめん……ね…、ごめ…なさ……」



罵ったり謝ったり忙しいヤツだな。



「お前が謝るコトなんて、一個もねぇじゃん…」



三橋の信じられない勘違いが引き金になったとはいえ、己を制することが出来なかった自分が一番悪い。
なのに、三橋は何度も「ごめん」を繰り返す。
そんな三橋を見ているのが切なくて、いつの間にか三橋の肩に手が伸びていた。
掌から伝わる温度にひどく惹かれる。
それだけでは物足りなくなって、三橋の背に腕を回してゆっくりと自分の胸に引き寄せた。



「もう、謝んなよ」



謝らなくてはいけないオレはまだ一言もそれらしいことを口にしていないのに、三橋に一方的に謝罪されては辛くなる。



「………オ…レ、阿部 君…傷付け、た…。
こんな…に、オレを…大事に、して…くれて、るのに……。
オレ、は…大バカ、だ……」



それでもまだそんな自分を大事にする阿部君もバカだと、またバカ呼ばわりして涙を零す。
けれど、今度は辛いなんて思うことはなかった。
三橋は、一番大事な、一番伝えたかったオレの想いをちゃんと掬い上げてくれていたのだから。

お前だって傷付いたくせに、そうやっていつも他人のことばかり気にかけて…。



「悪かったな。
どうせ、オレはバカだよ…
お前も、本当にバカだ。
勝手に勘違い暴走させやがって……」



そう返して、三橋を抱きしめた腕に力を入れる。

そうだな、どうしようもないバカだ。
お前を追い詰めてこんな風にするまで気がつけなくて、オレはほんの些細なことで不安に駆られてしまう。
お前の気持ちが見えなくなって、失いたくはなくて、それでも余裕ぶっていたくて、下手な駆け引きに出てみたりして、そうしてたくさん遠回りしてしまう。

三橋に想いを告げた日のことを、ふと思い出す。
三橋のひどく動揺した反応と伝えられた言葉に、あの日のオレは振られたと勝手に勘違いしていた。
けれど、三橋にはそんなつもりは毛頭なくて、オレの想いを受けて入れてしまえば失う時を思うと恐ろしく怖くて、どうしても快諾できなかったのだと知ったのは、それから少し経ってからのことだった。
あの時も、異常なほど精神をすり減らして二人してクタクタになっていた。

オレもお前も、目の前にあるこんなに近い互いの存在を見失うなんてどうかしている。
あの日から何も変わっちゃいない。
何故、オレ達はこんなに苦しい思いをしなくては真実を見つけることができなくなるのだろう。
何よりも大切な存在であるはずなのに。



「ごめんね、早く髪乾かさなきゃ、風邪こじらせちゃう」



三橋はオレから少しだけ身体を離して、腕で乱暴に涙を拭った。
またオレの心配をする三橋が可愛くてその口を塞いでしまいたいと思ったけれど、風邪を移してしまうのが怖かったから仕方なく額に掠めるように口付ける。



「オレこそごめん。
危うく手ェ出しちまうトコだった…」

「へ?
て、手出す…て……?」



三橋の聞き返し方は絶対に惚けたものではないと、オレにはすぐに分かった。
自分が何をされるのかやはり理解していなかったようで、オレとしてはホッとしたようなショックなような複雑な気分だ。



「……それ、お前分かんね?」



三橋の首筋に付けた跡を指してみた。
三橋は、あっと言いかけて赤面して俯いてしまった。



「え、と…、さっき阿部君が…した跡、だよね?」

「うん」

「あ……平気。
い、痛かったけど、…ちょっと気持ち、かった……」



痛かったのにヘンだよね、と三橋は困ったような顔をして笑う。
三橋のせいで、今度はオレが赤面する羽目に合う。

何だよ、「気持ちかった」って…。

そういう恥ずかしいセリフを深く考えずに口にする三橋に、オレはいつも振り回せれてしまう。



「そうか、それなら良かった。
じゃ、続きは今度な」



オレは投げやりな気分半分、からかい半分で言ったけれど、三橋がまた恥ずかしそうに俯いて頷くものだから、結局オレの方が恥ずかしい思いをしなくてはいけなかった。

コイツ、どこまで分かってどこから分かってねェんだ……?

5年以上の付き合いになろうとしているのに、オレはまだまだ三橋の思考に追いつけていなくて途方に暮れる。
三橋に予告した「続き」をする時までに、本人の理解度を確認するのはとてつもなく困難な作業のように思われた。

まだ髪は濡れたままだったが、寒いどころか体中が熱くて敵わない。
もう一回、水を被った方がいいんじゃないかと本気で考えてしまった。





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あきゅろす。
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