アベミハ大学生シリーズ
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この先、これ以上好きになれるヤツになんてきっと出会えないと思った。
だからあの日、絶望しか待ち受けていないとしても三橋に想いを告げると決めた。
けれど、三橋はそんなオレの気持ちをちゃんと受け止めてくれて、オレは人生最大の幸福を得ることができた。
そんな唯一の存在を、他の誰よりもオレは大切にしてきたつもりだ。
大切で、本当に大切で。
大切すぎてその扱いに自分の感情を持て余してしまう程、オレはお前に溺れてしまっているというのに。
―お前は、どうしてオレの手を取ったんだ?
三橋は、オレの下で畳に打ち付けた頭の痛みに顔を顰めて少し唸っていた。
けれど、今のオレにはちっとも罪悪感は湧かない。
むしろ、逆とも言える感情が込み上げていた。
怒り、落胆、焦躁、孤独、虚無、憎悪。
どれも当たっているようで何かが違う。
伸ばした手を振り払われることに、こんなに傷付けられるなんて想像もしなかった。
それが、馬鹿げた勘違いからの行動だと分かっていても酷く悲しかった。
三橋に拒絶された手も張り裂けそうな胸も、痛くて熱くておかしくなりそうだ。
三橋。
いくらネガティブ暴走気味の思考とはいえ、今の言葉はないだろ?
なんで別れを告げらんなきゃなんないんだよ?
彼女ってなんだよ?
お前、オレを何だと思ってんだよ?
「あ、阿部 君…」
オレの不穏な空気を感じた三橋は何かを言いたげに口をパクパクさせていたが、結局言葉にできず視線を逸らす。
オレはというと、両手で三橋の腕を押さえつけヤツに馬乗り状態だ。
風邪のせいか視界の変化に着いていけず、頭が揺れるような感覚が続く。
現とオレの意識を繋ぎ止めるのは、三橋の腕の冷たさと手綱の切れた欲望。
そして、三橋が付けた手と胸の見えない傷。
「お前、さ」
たった一言で、三橋の身体が震える。
その震えにさえ欲情を覚えるオレは、既に狂気の域に足を踏み入れているのだろうか。
「もう、オレが要らなくなった?」
三橋はかなり驚いたらしく大きな目を更に大きく見開いて、オレを見つめる。
しかし、三橋の訳の分からないネガティブ言動ほど突飛なことを、オレは言っていないつもりだ。
「何、言っ…て……」
「付き合い切れなくなったから、飽きたから、巧く言って捨てるつもりかよ?」
「ち、ちがっ―」
「お前、なんでそんな簡単にオレを手放すの?」
だって、そうだろ?
オレはこの先、たとえお前が心変わりしたって諦めたりなんかしない。
絶対に逃さない覚悟さえ決めているというのに。
オレがお前を想うほど、お前はオレを想ってくれていた訳じゃないってことなのか?
三橋は更に訳が分からなくなって、今度は視線を逸らせずにいる。
「もうどうでも良い存在になったんだろ、オレは」
「違うっ!」
三橋の必死の形相に、オレはほんの少し満たされる。
けれど、まだ足りない。
「それとも、お前にカノジョができたのか?」
その言葉に、三橋は傷付いたと言わんばかりに悲しい目をした。
オレはまた、ほんの少し満たされる。
気付いてくれよ。
分かってくれよ、三橋。
お前は今、きっとオレと同じ目をしている。
「なん、で…そんなこと……」
「三橋、たとえお前にカノジョができたってオレは絶対に認めねぇから」
今すぐにでも、この白く細い身体にオレの想いを刻み付けたい。
三橋が二度と忘れることのないように。
自分がどれだけ馬鹿なことを言っているのか、嫌になるくらい分からせる為に。
そうでもしなきゃ、きっとお前には分からないんだ。
「覚悟しろよ、三橋」
そう威して、滑らかな項に顔を埋めた。
畳と汗とほのかな石鹸の匂い。
何度も抱き締めて知っているはずの肌に、初めて触れるような興奮を駆り立てられる。
堪らず細い首に口付けると、三橋の身体が微かに震えた。
「あ、阿部く……つっ―!」
突然走った左首筋の痛みに、三橋は反射的に身体を捩ろうとする。
それを難無く押さえつけながら、三橋に付けた紅い刻印を確認する。
その色に、征服欲と独占欲が湧いてくるのを本能で感じた。
三橋はオレをただ見つめるだけで言葉も継げない。
次に与えられるものが恐怖か、はたまた快楽か。
色素の薄い瞳を潤ませ、ほんのりと頬を上気させたその表情は、オレの次の行動を待っているように見えた。
ずっと欲しかった。
三橋の全部を手に入れたかった。
想いが通じ合っただけでそれは叶ったと思っていたのに、そんなのはただの幻想なんだって今日は痛感したから、もう二度とこんな悲しいすれ違いはしたくないから、互いの全てを分かち合いたい。
「今日は帰さねェよ」
「阿部君……」
オレの言葉に反応するように、三橋の瞳が軋む。
一切抵抗のない身体に、オレは少し安心した。
これからされる行為を三橋は理解できていないのかもしれないが、それでもオレに己を委ねる決心をした心がとても愛しい。
「三橋―」
お前がオレを選んだ時から、お前にもオレにも選択権なんてない。
一つでも失えば、きっとオレ達は壊れてしまう。
だから、全てが必要なんだ。
再び、三橋の首筋に口付けてそのまま肩までなぞる様に舌を這わせる。
先ほど付けた紅い跡が視界の端に入る。
予想以上に目立つなとぼんやり思った。
着替える時に他の奴らに見えるかもしれないけれど、教えてやらなければ三橋はきっと気がつかないだろうなんて考えた時、激しい欲が不意に復活した理性に拘束された。
ダメだ、コイツには野球がある―。
「あ、阿部 君?」
動かなくなったオレに、三橋が怪訝そうな声をかけてくる。
しかし、オレは自分の浅はかさを呪いながら収まりきらない熱を押さえつけるのに必死になっていた。
三橋はこれから本格的に厳しい練習が始まる。
そんな時に、このまま行為を進ませてしまうのはいくら何でも酷い。
三橋が本当に何も分かっていないのなら尚更だ。
「くそっ!」
オレは額を思い切り畳に打ち付けた。
「ヒッ!
……あ、阿部君?!」
部屋に響いた鈍い音とオレの意味不明な行動に、三橋は大いに慌てだした。
「……ごめん」
オレは力なく立ち上がり、ふらつきながらバスルームに向かう。
三橋の顔をまともに見られなかった。
「阿部君、どうしたんだ?!」
三橋も急いで起き上がる。
あぁ、オレは何を見境なくがっつこうとしてんだ。
こんなに簡単に冷静さを失うって捕手としてどうなんだ?
いや、今は別に捕手云々じゃないけれど、それでも平常心を日頃から保つよう心がけるのは当然、というか人として当たり前だろ?
頭の螺子が幾つか外れたような状態というのは、こういうことをいうのだろうか。
情けない話だが、どうにも理論的に自分を立て直せない。
バスルームの扉を開けてシャワーヘッドに手をかける。
とにかく、物理的にも精神的にも熱を下げなくてはいけない。
「最っ低だな…」
独り言ちながら、オレは力任せに水色のハンドルを回した。
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