小説 『魔王陛下がひろいました』 ※『魔王、計算違い』『赤い杖の巡礼者』【欠けた歯車】とは別の“魔王陛下” ☆…☆…☆ ぐうぐうと鳴るお腹をおさえて、子どもはトテトテ歩いていた。 深い深い森の中、しかし冬が近いので食べれるものはない。 毒のない草の根を掘ろうにも、土がかたくて掘れないのだ。 すでに指先は割れている。 「…おなかすいた」 もうずいぶん食べていない。 ふうと息を吐いて、子どもはぺたりと座り込んだ。 ―― しゃらん そう、きれいな音がした。 「……?」 あまりにもきれいだったからか、空腹がふっとんだ。 子ども特有の好奇心から、子どもは走って音を探した。 ―― しゃらん ――― しゃらん ― しゃっ…ん 「あ」 大きな木の根元に、真っ黒な男が背を預けて座っていた。 その手には細い鎖の束があり、男はそれを揺らしているのだ。きれいな音はそれだった。 真っ黒な髪、真っ黒な服、 ぐるっとしたツノ。 とても怖いのに、 とてもきれいな人。 「……ガキ、なんの用だ」 ぞくっとした。 冷たい声に心臓がとまるかと思った。 「うせろ」 「ひっ……」 叫ぼうとした、その時。 ぐぅぅ〜。 「……」 「……おい」 「おなかすいた」 腹の虫は空気が読めないやつだった。 ☆…☆…☆ 食え、と差し出されたものに目を丸くした。春にしかないはずの、食べれる花だ。 「…いただきます」 花びらをむしって食べれば、ほのかに甘い。気がつけばがっついていた。 ぼろぼろと涙がこぼれた。 「何を泣いている」 「ご…はん」 「あ?」 「…っく…あ、りがと」 もうダメだとなんど思ったことか。この花ひとつで、しばらくもつ。 「…変なガキ」 男がぼそっとつぶやいた。 子どもはと言えば、久々の食べ物に気が緩んだのか、うとうとし始めていた。 こてんと地面に横になる子どもに、男は目を見開いた。 「…おい」 「んー…」 「食ったら寝るってガキかよ……ってガキか」 あ゛ーと言いながらばりばりツノをかく男をよそに、子どもは目を閉じた。 ☆…☆…☆ 「なあにやってんの、陛下」 「うるせぇ」 魔人領を治める魔王をさがしにきたロンドは、魔王レーヴの姿に思わずそう言っていた。 黒々とした髪に純白の二本のツノ、服は上質なもので、それをまとう身体は細いがしっかりしている。 ただ、誰もが振り返る美貌は残念なことにしかめっ面になっていた。 座った状態のレーヴの腕には、人間の子ども。普段はしまってある翼は、子どものための風避けにか拡げられている。 「いやマジでなにやってんの?」 「うるせぇ」 「…子守り?」 「う・る・せ・え」 隣に座ってのぞきこめば、ひどく痩せた子ども。レーヴの服をつかみ、すうすうと眠っている。 「どうしたのさ、この子」 「知るか。花食わせたら地べたで寝やがった」 「えーやっさしぃ〜。風邪ひいちゃうもんねぇ? ニンゲン弱いから」 それでどうするのと問えば、レーヴは立ち上がった。子どもはそのまま腕の中だ。 「育てんの?」 「自力で冬は越えられまい。冬が過ぎたら、人の王に押しつける」 そう面倒そうに言うわりに、子どもを抱える手はやさしい。 多分ずっとそばにおいておくんだろうなと思いつつ、ロンドは魔王に従って歩きだした。 十年後、魔人領の偉大なる魔法使いとなる子どもは、こうして魔王に拾われた。 思わぬ拾いものだったと魔王が笑うのは、まだまだ先のはなしである。 【了】 ☆…☆…☆ 別の世界観の魔王陛下。 人間との住み分けがきっちりしています。 ちびっこはアルツナイ君と言いまして、今はガリガリのちびっこですがいずれ健康体になる予定。 [*前へ][次へ#] |