小説 『老人と少年B』 和哉が泊まるように言われたのは、相良夫妻の息子が使っていたという部屋だった。 「わー…趣味あいそうだな」 広い部屋の中で目立つのは本棚だ。部屋を半周ぐるりと囲むようにして並べられ、きちんと整頓されて本が入っている。 並べられた本の多くが和哉の好きな作家で、中には既に販売していないものまであった。 要は宝の山なわけだが、“仕事”で来ている以上は我慢せざるを得ない。 「電話電話と」 携帯電話のアドレスから選んだのは柏木礼治の名前だ。 『もしもし』 「宮村です。今大丈夫ですかね?」 『宮村君!?』 『和哉がいるんですか!?』 「げ…」 タイミングが悪すぎたことに気づき、通話を終了させようとしたが遅かった。 『宮村君、しばらく大人しくしているんじゃなかったの?』 「あー…どうも、有郷先輩。えっといろいろありまして」 『和哉、退学ってどういうことだ!』 「わぁ……千葉だ」 『僕にはそれだけかい!?』 「はっはっはっ…とっとと電話を柏木さんに返しなさい」 『取り返した』 ようやく礼治に戻り、和哉はふぅと息をはいた。 「バレましたか」 『そこはいいから、報告』 「話聞いた限りじゃやっぱり詐欺に引っ掛かってる可能性が。どうつけこんだのやら」 『…伊勢川さんは、とても慎重で警戒心が強いと聞いていたんだが』 「だからですよ」 『?』 メモしたものを眺めつつ、和哉は言った。 「頭の良い、そして美味しい話に対して警戒心をきちんと持つ人は、それを突破されるとトコトン信じる」 『…霊能者の情報は?』 「女の人で、特徴は…」 『宮村君話はまだ終わってないよ!』 『こら桜助…』 「すいませんメールで送ります。それじゃ」 和哉は通話を切ると素早くメールを送り、携帯電話をベッドに放り投げた。 自分が原因とはいえ、仕事が終わったらあの二人が待ち構えている。それだけでも溜息ものだが、あと二人さらに増えているかもしれない。 遡ること半月。 和哉は家族と縁を切った。理由はいろいろあるが、もうごめんだと思ったのだ。 しかし未成年がそう簡単に ― しかも和哉の家は体裁をひどく気にする ― 家族と決別できるはずもなく、どうしても荒っぽい方法が必要だった。 和哉に求められていたのは文武両道であり品行方正で、いついかなるときも“優等生”であること。 完全なる猫かぶりでそれをクリアしていたわけで、それが家族にとっては当たり前の和哉。ならばそれを木っ端微塵に吹き飛ばせばいい。 結果、和哉は千葉譲という友達を病院送りにし退学。見事に家から追い出され、細かいことは柏木に依頼してが片付けてもらった。 「あー…めんどくせぇ」 有郷はともかく、千葉は納得してもらうのに時間がかかるような気がした。最初から退学するつもりだと、話してから協力してもらうべきだったと思っても遅い。 それはさておき。 「宮村君、ご飯ですよ」 「はい。今行きます」 和哉は相楽夫人の声に部屋から出ていった。 ☆…☆…☆ 「このスイッチかね」 「はい。本当は俺が行けたらいいんですけど、どうにも知ってる人のようなので」 霊能者の特徴を聞いて、和哉が思ったのは“この人を知っている”ということだった。 どこで会ったかもあたりがつき、とすればなるべく近づかない方がいい。 「…偽物なのかね?」 「まだわかりません。本当に俺が知っている人なら偽物ですが、そっくりさんかもしれないです」 だからお願いしますと、和哉はビデオカメラが仕込まれた鞄を、相楽老人に手渡した。 「映像が手に入れば、俺の調査は終わりです」 「…わかった」 相楽老人を見送って、和哉は老人の庭を見た。 学校を辞めて、一つだけ心残りがある。 「…園芸部は続けたかったなぁ」 溜息をついて、和哉は草むしりにとりかかった。 [*前へ][次へ#] |