… 短編集 …
局中御法度/土方
「何ぼーっとしてやがんでィ、紫野。」
不意にかけられた声に目の前がパッと明るくなりキョロキョロと辺りを見回すと無表情な沖田隊長が右隣から私を見下ろしていた。
「あー、沖田たいちょー…」
正面に視線を戻すと仕事をこなすために少しでもスタミナをつけねばと選んだ豚カツ定食がテーブルに鎮座していて、そうだ夕飯食べてたんだっけ…と思い出す。
「どんだけ、ぼーっとしてやがんでィ。味噌汁冷めちまってんじゃねーかィ。」
「あー、本当だ、」
「本当だ、じゃねーやィ。一人で大変なのは分かりやすがねィ…」
「へへへ…」
たかだか3日間の出張に出た副長の穴埋めが大変過ぎて、ほとんど眠れていなかったせいか、ぼーっとしてしまってたらしい。
「無理してやらなくてもヤローに残しといてやりゃいいんでさァ。」
素っ気ない言い方だけど、それは沖田隊長なりの優しさ。
「それじゃ副長補佐として仕事をこなせてない事になっちゃいますよ。」
処理能力は副長になんて敵わない。
そんな事分かっているけれど、副長が帰って来た時にがっかりはされたくない。
「仕事の鬼と同じようにやろうとしたんじゃ身体が持ちやせんぜ。ほどほどにしなせェ。」
そう言うと呆れ顔の沖田隊長は、さっさと食堂を出て行ってしまった。
「ふぅ…、よしっ!さっさと食べて仕事に戻るか。」
余り食欲も無かったが仕事をしなければと冷めた味噌汁で流し込むと“ごちそうさま”と女中さん達に声をかけ食堂を後にした。
*
「獅堂さん、これ頼みます。」
「あー、ハイ。」
「これ副長になんですが獅堂さんとこ回して良かったですか?」
「ハイ、預かります。」
良くもまぁ、次から次へとこんなにも書類があるもんだ。
毎日こんなのをこなしながら見廻りや現場にも出てる副長はやっぱり凄いなーなんて、つくづく思ってしまう。
それと同時に自分の不甲斐なさも知ってしまった。
「はぁ…、」
溜め息を溢しチラリと前方に目をやれば、やってもやっても無くならない書類の山…
また明日も副長室で机に突っ伏した状態で目覚めるのかと思うと、うんざりしてしまう。
ガラッーーー
「随分と書類溜め込んでんじゃねぇか。」
日付が変わろとしたころ、不意に開けられた障子から飛び込んで来たのは副長の姿。
「えっ、副長っ!明日のお戻りではなかったのですか?」
「どーせお前ェの事だから余計な書類まで引き受けさせられてんじゃねぇかと思って早目に切り上げて来てやった。」
フンと副長が鼻で笑う。
「…すみません、頑張ってはいたんですが…」
「あぁ、頑張ったな。手伝ってやるから期日の早ェのだけ仕上げて今日は終ぇにしろ。」
“どーせ寝てねぇんだろ?”
クツクツ笑いながら副長は大きな手で私の頭をがしがし撫でたかと思うと重要と分類された書類を手に文机へと向かった 。
あー、副長だ。
たった2日居なかっただけなのに、今ここにある存在がひどく懐かしく、ホッとして向けられた背中がとてつもなく愛しく思える。
「…ふくちょー…」
「あ?」
まるで吸い寄せられるかの様に、その背中に、そっと抱きついた。
「…、何してやがんだ?」
「…パ、パワーチャージ…です。」
「パワーチャージィィイイ?」
「し、紫野は副長のオーラで稼働してるんですっ、居られない2日間で蓄電してた分使い果たしちゃいました…だ、だから、パワーチャージを…」
「お前ェは太陽電池式かっ?」
「うっ…」
今まで隠して来た副長への想いが2日間という不在があまりにも寂しくて溢れ出し、その勢いでつい抱きついてしまった私の痛い言い訳。
「で、どのくれぇでチャージできんだ?」
「あ、えっと…」
はぁ、と溜め息をついた副長に強く腕を引かれたのと同時に振り向いた副長の腕の中へと納まる。
「ふ、ふくちょぉっ!?」
“即フルチャージにしてやるよ”
小さく呟かれた言葉と想定外な事態にびっくり顔で副長を見上げれば“このままじゃ仕事になんねぇからな”と、ゆっくり重ねられる唇。
「っ!!」
唇が離れても目を見開き固まったままの私。
「おら、チャージ完了だろ。仕事しろ。」
「…。」
チャージ完了どころか
心臓がバクバクし過ぎて
ショートしちゃいそうだ…
「紫野、お前ェに局中御法度を増やしてやる。」
「えっ、ええっ!?」
”今後一切、俺以外でチャージしたら切腹、な?“
不敵に笑う副長から告げられたのは
私を縛る甘い局中御法度
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