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隙を見逃す余裕を持てる相手ではない。

だとしたら、今が最大の好機。


深月は身体を沈め、低姿勢から一気に男との距離を詰めた。


「そうか…君は…」


力の抜けた声が聞こえた気がした。男はもう目の前だった。


深月は男の胸に飛び込み、ナイフを突き立てた。

布を裂き、皮膚を貫き、ナイフは温かく脈打つ心臓を捕らえる。

「くっ…」

顔を上げると、苦しみに顔を歪ませる男と目があった。

その顔はどこか切なげで。

それに気付いた男は、目を細めて深月に微笑みかけた。

「やっと…」

「え?」

それは嘲笑でも何もなく、

「ク、フフ…」

男はゆっくりと右手を深月の顔にかざし、優しく撫ぜる。

そのまま男は、ナイフを握り締めたままの深月を抱き締めた。

耳に口をよせ、ひとつ吐息をもらす。そして、

「深月…」

笹が擦れるような声だった。
とりわけ愛しいものを呼ぶような。

思わず深月は反射的にナイフを持つ手に力を込める。






「…っ…また、会いましょう…ね」








後ろに回されたそのままに、男の体重が一気に深月にかかってきた。

慌てて男の拘束から逃れるためにナイフを抜き、床に突き飛ばす。

男は人形のようにごろりと投げ出された。

「意味が、わからない」


どうして自分の名前を知っていたのだろうか。

ナイフに付いた血を丁寧に拭き取る。

男の心臓から流れ出した血が、じわじわと床を浸食していた。

『過去』の人間が『未来』の人間をどうして知り得る…?

男の側へとしゃがみ込み、顔を眺めるが、やはり覚えはない。

「なぜ…あなたは…」

手を伸ばそうとすると、景色が大きく歪んだ。
物たちは粒子となり、それらの粒子は形を保つのを拒否しだした。

男の死が確認されたのだろう。

深月が未来へと戻る時間である。


もう男は死んでしまった。

深月は思った。

また過去へ言ったときに若い頃の彼に会う可能性は、きっと限り無くなく0に近い。
そして、死んでしまった彼は問いに答えることはできないのだ。

もうどうにもできない。





そう、終わったことなのだ。

深く気にする必要はない。

そう自分に言い聞かせる。


しかし目を閉じると、男の言葉が内側から響いてきた。



『……また、会いましょう…ね』


耳に触れるか触れないかの距離で囁かれた声は、まるで深月の身体に絡み付いてくるようだった。



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あきゅろす。
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