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欲張らないからせめて
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見られてしまった。                   そんな。
知られてしまった。                   まさか。
バレてしまった。                       リラが。
もう誤魔化せない。                   嘘だろ。










「リ、ラ…。何か、言ってください」

震える声で。

あなたはそう言うけれど。

何を言えば良いと言うの。

時計塔のイノセンスを探っているうちに。

NOAH化していたことに気づいていなかった、なんて。

「どうして何も言ってくれないんですっ!!!!」

言えないわ。

あなたの望む言葉なんて。

「どうして、なんて。この状況で他に、付け加えないといけないことってある?」

見たままよ、と私は笑う。

冷笑に、見えるように。

「…………リラ…、……キミは__」

ああ。

なんて、悲痛な声。


痛くて。

胸が、痛くて。

イノセンスが。

まるで罪を問うように、痛くて。

それでも、私は。

「そうよ。私は、ノア」

痛みを圧(お)して。

心を殺して。

NOAHになる。

「リラ・ハーヴェストは、『無』のNOAH」

張り付きそうな喉に。

無理やり空気を通して。

告げるの。

死の、宣告を。



「あなたの敵だわ」



その瞬間に。

彼の瞳が、ひび割れて。

その銀灰色が、私を責める。





「どうしてノアなんだっ!!
キミは、エクソシストだろうっ!?!?
イノセンスの適合者だろうっっ!!!」



喉が、潰れてしまうんじゃないかって。

まるで血を吐き出すみたいに。

叫ぶあなたは。

何も知らない。


どれも。

偽りだったのに。


「適合者よ。生まれながらにして、私はイノセンスを体内に宿していた」

右手を、目元に当てる。

ずっと蝕んできた、イノセンス。

それが与えてくれたものなんて。

苦痛以外に、ありはしない。

「でもね、私はエクソシストではないの。AKUMAを狩る前に、イノセンスが発動する前に、私はNOAHになったから」

ころり、と。

掌に、黄緑色の光を発するものが転がる。

それは、よく知っている輝き。

苦痛の根源。

果てしなく要らないもの。


私はやっと、イノセンスから。

ひどい痛みから、解放された。


「私を先に見つけ出したのは千年公の方だった。私のホームは、教団じゃないのよ。ロードたちが、私の家族なのっ」

叫ぶ、私は。

泣きそうで。





愛されたことのなかった私に。

愛を教えてくれた人たち。


見たことのなかった世界が。

ひどく歪んだものであることを。

私は身を以って知っていた。


もし、私が。

千年公にも見つけてもらえなかったら。

今でも独りぼっちで。

大切な家族もできなくて。


ただ、虚無の満ちた冷え切った世界で
息をしているだけだったんだろうか。


それくらい、

家族は私にとっての失くせない存在で。


たとえそれが。

愛という名の、永久の鎖だとしても。

家族がいてくれさえすれば。

それで良い。





だから、こんな歪んだ世界なんて。

失くなっちゃえば良いのよ。




そう思っていたのに。


涙が、溢れて、零れた。



こんな運命を与えた神を忌み嫌い。

親に愛されなかったことを哀しいとも思わなくて。

唯一愛情をくれた人に心酔する。

人生のドン底を知っているから、
無表情を装って。                         笑って。

                    人間を
憎んで。                         守って。



彼とは、似ているように感じて。

いつの間にか、親近感を抱いていて。


でも、決して分かり合えることなんて。

なかったのに。




家族以外に、唯一。

一緒にいたいと思った人。

離れたくないと、願った人。

だったのに。



私は、どこまでも愚かで。





目の前の彼は、涙を零すと。

神ノ道化(クラウン・クラウン)を発動させて。

噂に聞く、退魔の剣を。


私に、向けて。





「君のノアを__っ!!!!」





叫んだ、彼は私に、剣を突き刺した。





でもね、ごめんなさい。





「ダメよ、アレン」





その剣であっても、私を斬ることはできないわ。




あなたに壊されるわけにはいかないの。





「どうして……っ」



私は、こんな声を聞いたことがない。

こんな、絶望に満ちた声を。


信じられないとか。

茫然自失だとか。

表情が歪むとか。

そういう次元を超越して。


彼の顔が、毀(こわ)れた。





ひび割れた彼の瞳の中で私はきっと。

泣きそうに映ってることだろう。

「イノセンスはNOAHと対極にあって互いが弱点だっていうけれど。もともと体内にあったことに加え、私の能力の影響を受けて、私にイノセンスは効かないの」



彼の傍にいた時間が長かったから。

同調するのは簡単だった。





「私の能力は『同調(シンクロ)』。全てのものと同調して探ったり動かしたりできるの。攻撃や衝撃も同じ。同調して緩和・無効化するの。
私には、あなたの退魔は効かないわ」



無情に告げる、私は。

彼を見ていられなくなって。


拾えば良いのに。

床に転がったままのイノセンスを。

見つめる瞳を細めて。

掌に集めるエネルギーは。

伯爵とノアの一族が持つ。

イノセンスを破壊する力で。





「うわぁぁああああ"あ"あ"っっっっ!!!!」





それは、まるで。

魂の絶叫に聞こえて。

私の心を抉って。


守ろうと手を伸ばした彼に関わらず。

容赦なくぶち込むのは破滅で。



衝撃で時計塔は崩れ。

歯車は外れ。


イノセンスが砕かれたのを感じ。


力の余波を食らって。

彼が。

瓦礫と一緒に真っ逆さまに落ちるのを。



ただ、じっと見つめていた。












+++++









けたたましい音がなくなると、痛いほどの静寂が夜に満ちる。

そこに小さく聞こえる、瓦礫を踏む音。


リラのイノセンスが破壊された瞬間に。

僕の意思に反して、神ノ道化は発動を解き。

生身に与えられる衝撃は凄まじく。

崩れ落ちる足場に何をすることもできず。

叩きつけられた身体に、足に、降ってきたのは巨大な瓦礫と鉄の歯車。

ズタボロの身体は動かそうとする度に激痛が走る。


傍まで来た人の気配。

顔に影を作る人影は、少女のもので。

教団はホームじゃないと、叫んでいながら。

未だ黒いそれを身に纏う少女の。

その名を、掠れる声で呼んだ。

「…リ、ラ……。僕なんか放って、立ち去ればいいじゃないですか」

彼女の表情は影になっていて分からなくて。

「まだ、やり残したことがあるの」

いっそ哀しいくらい感情の篭ってない声で呟き。

少女が僕の身体に乗るそれらに触れると、それは小石の大きさにまで粉々に砕かれた。

けれど、今更瓦礫がなくなってもダメージがなくなるわけでもなく。

朦朧としていく頭で、自嘲気味に笑った。

「ああ、この左手ですか」

リラはNOAHで。

彼女自身のイノセンスも容赦なく破壊して。

残るのは、僕のイノセンスだけ。

戦わなくちゃと思うのに。

失くすわけにはいかないのに。

身体が、動かなくて。

ティキに腕を壊されたときの衝撃を、まざまざと思い出して苦く唇を噛んだ。

「取らないわ」

上から降ってきた言葉に耳を疑い、彼女を仰ぐ。

月が横から照らすその目尻に、涙が光っているのを見た。

「それは武器である前に、あなたの腕でしょう?なくしてしまったらきっと困るわ」

そんなことを言いながら、彼女が僕の左腕に触れる手は、優しくて。

それは。

イノセンスの影響で障がいを持って生まれた、彼女なりの慈悲だろうか。


彼女はNOAHなのに。

敵なのに。

僕にも攻撃をしてきたのに。

それでも、目に涙を浮かべて。

情けをかけようとする彼女は。

幼い少女に見えて。


裏切られたのに。

胸がひどく痛むのに。

それでも。

愛しさは、消えなくて。

苦しくて。


手を伸ばしたいのに。

腕が上がらなくて。

僕の左手に触れる彼女の指を。

掴んだ、そこに。

ぽつりと弾ける水滴は。

彼女から、降ってくるもので。

見上げた彼女の唇が紡いだのは。

一人の、彼女の家族の名で。

途端。

地響きとともに、リラの後ろに扉が出現するのを見て。

「私のやり残したことは、これ__」

涙を零しながら、無理やりに微笑む彼女は。

哀しくて。

僕の頬に触れる手は、温かくて。

見つめる僕の瞳の中で。

リラは甘い甘い言葉を吐く。



「ねぇ、アレン。好きよ__」



その台詞に目を瞠っている隙に。

焦点が合わないところまで。

彼女の顔が近づいてきて。


唇に触れた柔らかさを理解する前に。


身体を蝕む痛みが引いていく感覚に。

僕はそっと目を閉じた。





触れる指は次第に冷たくなっていって。

ふらりと揺れた彼女の身体は。

力が抜けて重くなってて。

それを僕が支えようと手を伸ばす前に。


少女が、それを抱き留めた。


「無茶のしすぎだよぉ、リラ……」


扉から現れた少女に凭れかかる彼女の身体は。

力が抜けてだらしなく投げ出されていて。


闇に吸い込まれていった声音は、途方もない寂しさを、含んでいた。










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