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もう少しだけ

怪我の静養という名目を得た私は、エクソシストの任務を休み、千年公からの任務に全力を捧げた。
朝から晩まで書庫に篭って古本を漁り、黒の教団やエクソシスト、イノセンスについて書かれている本から情報を読み取る。
エクソシストしての信頼を勝ち得ている私は、怪我の静養中なのに自分磨きを怠らない人という目で見られているらしい。
食事は婦長に厳しく言い渡されているから、三食きっちり採る。
エクソシストは皆出払っているらしく、最近の食事は一人だ。
気楽でいい。
任務から帰ってきたエクソシストたちからはいろいろ話をするけれど、アレンとはあれから決して二人きりにはならなかった。
意図的にそうしてる。



そんな私の二度目の任務は、怪我から二週間後のことだった。
私のパートナーはまたしてもアレンで、またしてもファインダーのつかない二人きりの任務だった。
少し粘ってみたが、急な要件でエクソシスト不足なため、どうしてもと拝み倒されてしまった。
ここまでされると断るのも気が引ける。
任務内容はイノセンスの回収。
それを聞いて、私は内心ほくそ笑んだ。










リラは僕を避けている。
理由を聞こうにも謝罪をしようにも、捕まらないからどうしようもない。
そんなときに降って湧いた任務の話。
都合が良すぎて逆に気味が悪い。

汽車が遅れて、任地に着いたときにはもう薄暗くなっていた。
今日のところは早く休んで、明日からイノセンスの捜索をするのが妥当だろうと、僕らは早速宿に入った。
食事を採って、お風呂に入る。
この宿は各部屋にシャワーが備え付けてあったが、ゆっくりする気も起きず、早々に上がった。
ベッドに横になりながら湯上がりの熱を冷ましていると、ティムが窓の外をじっと見ているのに気づいた。
「どうした、ティム?」
尋ねてみるも、ティムは僕を振り返りもしない。
外に視線を投げても、視界を覆い尽くすのは闇ばかり。
呑み込まれそうな闇に、嫌な予感を感じたのは、気のせいだろうか。










食事を終え、アレンと各部屋に別れたあと、私は部屋の窓から飛び降りる。
ひらりと外套の裾が視界を遮った。
無事に着地した私は、抜け出した宿を振り返ることなく、街のシンボルたる時計塔に走っていった。

普通の家よりもさらに大きな細長い建物。
私はそのレンガに触れて、同調しながらイノセンスの在処を探る。
私の目的はアレンがイノセンスを見つけるまでに、それを見つけて壊すこと。
だって、私はNOAHだもの。
イノセンスの反応は独特だ。
いつも何かしらの力を発している。
見つけたイノセンスは、時計塔の中の小さな歯車だった。
街のシンボルであるこの塔の時計は、狂ってしまっていた。
まるで、小さな歯車でも大きな歪みを生む原因となることの象徴のように。
私はそれが自分の人生に思えて、そのまま立ち尽くした。
そこに、ゴゴゴと音を立てて現れるのは、王冠のついたハート型の扉。
「リ〜ラ
それはロードの扉。
「ティッキーがねぇ、この前勝手にリラに会いに行ったって聞いたから、遊びにきちゃったぁ」
んふふ〜と笑う彼女は随分ご機嫌のようだった。
私に抱きついて、拗ねたように口を尖らせて見上げてくる。
「ねぇ、いつ戻って来るのぉ?ティッキーからの伝言から結構経つよぉ?」
つまらなそうな、寂しそうな少女は、私のお腹に顔を擦り付ける。
私はしゃがみこんで、彼女の頭を撫でた。
「ごめんね、何かが足らないみたいでまだ辻褄が合わないの。もう少しだけ調べさせて?あと数日調べても見つからなかったら諦めるわ」
半分本当で半分嘘。
辻褄が合わないのは本当。
でも、それはきっといくら調べても分からない。
その足りない部分の推測は立ってる。
それを持って帰れば、千年公も褒めてくれる。
家族が待ってくれている。
分かっているのに、未だ諦められない私は、せめて自分の納得する去り方をしたいだけ。
ロードはにっこりと可愛らしく笑う。
「うん、待ってるよぉ。帰ってきたら、また遊ぼうねぇ。それまで、遊ぶ内容考えて時間潰しとくからぁ。
あ、これイノセンスでしょう?僕が壊しといてあげるねぇ」
私の手の中のイノセンスに気づいて、差し出された手に私は歯車を置いた。
「よろしくね」
そうしてロードの頬にキスをして、扉に消えていく背中を見守る。



「__っ!!リラぁ!!」



扉が閉まる直前、声が届いた。
人を探す、男の声だった。



ちらりと振り返ったロードが甘くとろけるような笑みを浮かべていたのが見えた瞬間、ロードの扉は完全に閉まり、地に埋まっていった。



それと同時に、アレンが時計塔の裏に上がってくる。
やっと見つけた、と呟く彼は汗をかいて呼吸を乱していて、随分探し回ったことが窺い知れた。
息が整わぬままに、アレンは眦を吊り上げて声を荒げた。
「どうして一人で来たんですか!!イノセンス探しは明日からだと言ったでしょう!?こんな夜に出歩くときは僕に教えてと言ったじゃないですか!!どうして危ないことが分かってもらえないんですっ!!」
アレンはその小部屋にうるさく反響するほどの大声量で怒鳴った。
私はその気迫に呑まれて、アレンの顔が見れずに俯いて、小さな声で言い訳をする。
「ごっごめんなさい…。私、早くイノセンスを回収したくて…。AKUMAに取られちゃわないか心配で……。私__」
体(てい)の良い言い訳だった。
予め考えていた台詞だった。
ただ、彼より先に見つけ出して壊しておきたくて。
気配で、アレンが顔を上げたのが分かった。



そのとき。
月が雲の切れ間から顔を出したのか。
一部崩れていたレンガの隙間から差し込む光が増え。



俯く私を照らし出した。



何かを喋ろうと開いた口は何も音を発することなく。
ただ、息を呑んだ。



「………………リ、…ラ………」
彼のひどく驚いた声が耳に入る。
何事かと顔を上げると、目を見開いた彼が目に入った。
「キミの、それ……。額にあるの……」
茫然と、まるで自我を失ったように。
ひどく信じられないものを見たように。
ゆっくりと彼が紡ぐ言葉に沿って、私は彼の言いたいことを探るために手を額に当てた。

「__っ!?」

息を呑む、どころじゃない。
心臓が止まるかと思った。
鼓動が嫌な音を立てる。



持ち上げた手は人間のように白くはなく。



指先が触れた額には__



「…………聖、痕………!?」



悲痛な彼の声が、鼓膜を揺さぶった。








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