02
「諒、母さんが部屋に来てって」
「……おう」
多貴が投げ飛ばされるのを見ながら、伊織は何ともないように言った。
俺はゆっくり立ち上がり、縁側から靴を履いて屋敷の方へ歩く。
望月家に来ると決まって、俺は伊織の母親に呼ばれる。それは二人が付き合ってからずっと続いてることで、今では慣れているけど。
最初は怖かった。
なにを言われるんだろう、二人を引き裂けなんて言われたらどうしよう、そんな思いがぐるぐる回って、泣きそうになってた。
屋敷の縁側を歩いて一番奥にある部屋。そこが伊織の母、早織さんの部屋。
膝をついて襖を叩くと、小さく入るように促されて襖を開けた。
「…こんにちは」
「久しぶりね、諒くん」
窓が開けられ穏やかな風が抜ける部屋には、小さな机と本棚、そして早織さんが寝ている布団しかない。
その布団に身を起こす早織さんは、伊織にそっくりで、というか伊織がそっくりで、儚げ美人だ。
「具合はどうですか」
襖を閉じてするりと身を布団の傍に移し尋ねれば、綺麗な笑みを浮かべる。
「今日は調子が良いわ。歌が歌えそう」
「それは良かったです」
早織さんは生まれつき持病で体が弱い、というのは要さんから聞いている。
それでも伊織を産むまでは人並みに生活が出来ていたらしいけれど、伊織を産んで体調が悪くなってからはもう一日の大半をこうして布団の中で過ごさなければならなくなったんだ、と要さんは寂しそうに言っていた。
持病があるから子供は望めないかもしれない、と言われた事もあったと。だから余計に二人の恋を認められなかったんだと。
望めないと言われた子供を妊娠したと分かって、それが男で、とても喜んだ。けれど将来家を継ぐだろう子供が同じ男と恋に落ちるなんて、と当時の早織さんは精神的にも弱く体調も悪化してしまった、と。
それを聞いた時、俺は中学生だったけれど、とてつもない罪悪感が生まれた。それは多貴も同じで。
一時期笑顔が見れないほど俺たちは深くショックを受けたし、二人は葛藤して苦しんで悩んだから。
「学校は、どうかしら?」
優しそうに微笑む早織さんを、俺は最初いつも真っ直ぐに見られない。
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