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中編
24
 



「───…楓、」
『え、誰か一緒にいんの?』
「…っあ、うん、まあ、とりあえず連絡するから」
『……わかった、じゃあ』
「じゃ、」



 焦りの乗った声を誤魔化せず、彼の声をあまり聞かずに通話を切った。
 こちらを見ている久住さんから目を離せずにいると、その右手が上がって頭の上に移動したと分かり身動きしそうになる。しかし「じっとして」と言われて固まる。

 す、と頭上を通った手が目の前に来ると、それは何かを掴んでいた。



「髪飾りみたいになってた」
「え…」



 指先で摘ままれた大きな蝶は、日に翳せば透き通るような黒い羽を持っていた。
 久住さんはすぐに指を離し、黒い揚羽が慌てたように羽を動かして飛んでいく。



「大丈夫?」
「え、なにが、」
「泣きそうな顔してたから」
「………」



 電話越しだと、どうも自分の表情をコントロール出来なくなるらしい。
 直接会っている時はなにも問題ないのに、いつも通りにしていたはずなのに、そこに相手の表情がないと崩れてしまうのだろうか。

 友人が恋人と別れたみたいで、と言うと彼は興味無さげではあったものの「そうなんだ」と返したが、どこか納得していないような顔だ。



「でも、ただの友達だとか言ってた時にそう見えた」
「気のせいですよ」
「………そっかなぁ」



 いつの間にか日は陰っていた。
 久住さんはやっぱり納得いかないような顔で首をかしげていたが、それ以上は何も言わずに「じっさん所行くか」と立ち上がった。



「答えあわせは楓が帰る日にしよ」
「……」



 いつ帰るか知らないのに、会うことが決まっているかのように言って笑った久住さんは、縁側で靴を脱いで宿所の中へと入っていく。
 居間へ行くまでに玄関があるので、靴を脱いで持って後をついて歩いた。


 久住さんは親切な人だ。親切なはずだ。友人のように心配して気に掛けてくれて、町の良さを教えてくれる。
 鳩尾が気持ち悪く感じた。
 帰りたくないという思いと、会わないように帰りたいという思いがぶつかり合って混ざって吐きそうになる。

 一緒に居ると居心地が良いと思っている自分が、何故か嫌だった。
 片想いを上書きしたいという気持ちがあるくせに、久住さんに惹かれているような感覚が嫌だった。
 遠い地の片想いならどうとか考えてたのに今はその考えを否定している。


 居間で老夫婦と楽しげに会話する姿を見て、早く離れたいと思ってしまった。
 夕飯を一緒に食べている間も、老夫婦と共に見送りに出た時も、風呂に入っている時も、頭の中で霧が濃く毒を帯びているような気がした。


 早めに部屋へ戻り、ベッドに倒れ込む。
 枕元に投げた携帯を取って、彼の元彼女になった相手から来ていたメッセージを開いた。
 彼が言っていた通りに彼との関わりを疑うメッセージがあり、別れた理由を聞いた事や彼女の考えが誤解であると送り、信用させる為に片想いの相手が居ると言おうかと考えたがややこしくなりそうだったので止めた。



 


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あきゅろす。
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