中編
◆記憶の時を隔てる。
「───どっちに行くか迷ってるのか」
「……まあ、」
向かい側で水割りを飲む男が、苦笑い混じりに言ってきた。
曖昧な答えに文句を言うわけでもなく、彼は「俺もどうしようか考えてる」と返してくる。
週末の夕方、会社終わりに珍しい人物からの電話で俺は駅前の居酒屋にいた。
こじんまりとした自営の居酒屋は落ち着く雰囲気が人気で、まるでクチコミで広がった隠れた名店のような所。
しばらく連絡を取っていなかった知人は、高校からよく遊ぶようになった友人の一人。実は中学も同じだったのだけれど、会話はすれど遊ぶほどではない関係だったが中学時代の数少ない友達と呼べる一人ではあったはず。
そんな旧知である大友啓介という男は、仲良くしていた友達の殆どが近場の高校に進学する中でひとり、遠くの高校を受験した。
良いのか悪いのか、俺も同じ高校で、入学式に声を掛けられて驚いたものだ。
そのお陰もあってか、馴染めるか不安だった高校では、予想外に友人が増えた。中学時代の数倍くらいには。
「まあ、正樹の場合は中学より高校の方が良いかもな」
「俺もそう思ったんだけどね」
この場の共通の話題は、先日届いた中学の同窓会開催ハガキと、つい昨日届いた高校の同窓会開催ハガキのこと。
その二件は、なんとまあ、翌月3連休の前日に開催されるというのだ。
友人が多かった高校の同窓会に行くのは必然的とも言える。中学であまり友達が居なかったのだから、中学の同窓会に出席してもあまり意味がない気もしていた。
けれど俺の中で占めるのは、良くも悪くも「彼」なのだ。
高校で離れた、中学三年間の片想いを埋め尽くした、倉科幸宏。
仕事で関わりはあるのだが、中学の同窓会に出席しても周りと同じように懐かしむことはないだろう。
しかも彼は友達が沢山いたのだ。話せる隙すらないかもしれない。そもそも中学の同窓会と高校を悩むのは、彼が居るか居ないかという、なんとも女々しい理由。
彼の方に高校と中学の同窓会ハガキが来ているかは分からないが、もし同じように来ていて、しかも同日だったら、彼は高校の同窓会に行くはずだと思っている。
なんて、そんな偶然あり得ないけど。
そんなことを考えていると、啓介は冗談半分だが、と笑って言った。
「中学の方にちょっと顔出してから高校の同窓会行くとかな」
「忙しいな」
グラスを片手に顔をあわせて笑う。
場所は近いし行けないこともないが、わざわざそんな事までしても、と思わないでもない。
啓介も悩んでいるのかと思ったが、しかしそれは違ったようだ。
「俺は疎遠になっちまった親友が企画した中学の方に顔出すけど」
「親友?」
確か、中学の同窓会ハガキの差出人には三坂大和と書いてあった。
俺の事を覚えていたのか、出来れば来て欲しい、と一筆添えてあった気がする。
啓介と特に仲が良くほとんど二人一組状態だった三坂は、もしかしたら啓介に会いたいから中学の同窓会を計画したのだろうか。
それだったら健気過ぎて、さすが愛されるアホと噂されていただけはあるなと納得出来る。今でも変わらないなら驚きだけれど。
「何なら一緒に動くか?俺は大和と連絡先交換出来れば、連休だし終わった後に会えるから高校のも行く気だけど」
「そっか、そうしようかな」
どうせ長居しないなら、俺は顔出しだけで充分三坂を納得させることが出来るだろう。
当日は待ち合わせして共に行動しようということになり、俺は心の中で安堵の息を吐いた。
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