中編
4
一般寮の三年棟の五階に、槙野新の部屋がある。その上、最上階の角が俺の部屋になっているので、一度着替えて荷物を置いてから槙野の部屋に行き、インターホンを二回押した。
槙野は部屋着姿でドアを開けると、不機嫌そうなものから意外そうな表情に変わる。
「着替えて来たのか」
「荷物を置くついでにな。上の角部屋」
「ぶっ倒れる前に言えよ…」
「悪いな」
「べつにいいけど」
ドアを支えている槙野に、邪魔する事を伝えてから上がり込む。背後でドアが閉まる音を聞きながら靴を脱ぎ、短い廊下を歩き居間へと向かう。
「つか、マジで戻ってくるとは思わなかった」
その途中で、槙野は言った。
戻ってくると言って了解を得たのだから戻るのは当然だと思っているのだが、そう返すと、槙野は少し笑ってから「そうだけど」と低い声で言う。
居間へと入りソファへ促されて向かうと、ソファの前にあるテーブルに見覚えのある携帯が置いてあった。
飲み物を持ってくる、とキッチンにいる槙野の元へ行きカウンターのような場所に寄り掛かるように腕を置くと、槙野が声をかけてくる。
手にした携帯を持ち上げながら「これ」と言うと、槙野は思い出したように頷いた。
「ぶっ倒れたお前を運ぶ途中で落ちて、テーブルに置いといたけど、お前が何も言わねぇから俺も忘れてた」
「ありがとう」
「…おー」
特に必要なものではなかったが、置いといてくれたことへの礼を伝える。
お茶の入ったコップをつき出されて受け取ると、槙野はキッチンから出てソファに身を沈めた。
カウンターから離れ、ソファへ戻り、その隣へと座る。
点けられたテレビからはバラエティ番組の笑い声が溢れてくる。それを、片や不機嫌そうな顔で、片や無表情で見つめるというのは何ともシュールなものだなと思った。
煙草に火をつける手元を、上がる紫煙や灰になっていくそれを見つめながら、けれどこの雰囲気は嫌いじゃないと感じる自分に、また驚く。
「……たまに、」
「あ?」
「たまに来てもいいか」
「……、好きにすれば。昼休みもそろそろあのボロ階段じゃ寒いよな」
「ありがとう」
槙野は生徒から怖がられている。その見た目や雰囲気、態度から、事実喧嘩も強いとくればそう思われても仕方ないのかもしれない。
だが俺は、槙野は優しいと思う。不器用な優しさと言うのだろうか。
然り気無く煙草の煙を反対側へ吐き出したり、わがままを聞いてくれたり、槙野が人を気遣うということを当たり前に行えるということは、性格的なものもあるのだろう。付かず離れず。その空気は、とても心地好いと感じる。
「あんたに友人はいるのか」
「然り気無く喧嘩売ってんのかそれは」
「売ってない」
ただ、昼休みも今も独りだったから、気になったのだ。
出会う前の槙野の交遊関係はもとより意識すら殆どしていなかったから、周りの生徒と同じように、槙野にも友人という存在がいるのだとは思っているけれど。
「友人っつーか、悪友っつーか、まあ、いるっちゃいる」
「あまり一緒にはいないのか」
「あいつ気まぐれだからな、たまにいきなり連絡寄越したと思えば、愚痴を言うだけ言ってどっか行く」
「……そうか」
まるでどっかの委員長みたいだな、と思った。あれも気まぐれで、会話という会話はあまりしない。殆どあれの愚痴だ。
「……珍しいな、お前がそんなこと聞くなんて」
「そうか?」
興味、だろうか。
なぜ槙野に対する興味を抱いたのかは、よく分からない。けれど、何となく気になっただけなのだ。
結局それも興味なのだけれど。
沈黙だったり、たまに少し会話したりしていると、いつの間にか7時を回る頃になっていた。
腹が減った、と言う槙野は立ち上がるとキッチンへと向かう。俺はそれに続いて、またカウンターへと寄りかかった。
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