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中編
【番外編】大友啓介の場合。
 

 ───旧知である須藤正樹が、中学時代に報われない片想いをしていたことは知っていた。
 中学当時は遊びに行くほど親しくはなかったけれど、同じ高校の入学式に見つけて何故か声を掛けていた。それから社会人として勤めている今でも付き合いがあるのだから、友人関係とは不思議なものだ。

 実は正樹の片想いの相手も知っていた。その相手───倉科幸宏とは、中学時代にはそれなりに仲が良く、グループのような輪の中にいた。
 そしてその幸宏に対しても、時折正樹に目を向けてるのを気付いていて、第三者から見る二人の一方通行で平行線なアイコンタクトを眺めていたものだ。
 幸宏はたぶん、気付いていなかっただろう。自分の気持ちも、相手の気持ちも。



 そして俺も、報われない恋にただ苦悩した。
 別に片想いではなかったし、互いに恋愛感情であることは分かっていて、けれど恋人という関係にはならずにいた。
 理由は───中学生だからだ。
 後先考えない事の方が多かったにも関わらず、俺たちは互いに、恋人関係になる事に関してはやけに慎重だった。
 もっと大人になって、働いて自分で食って行けるようになれば、人生だってちゃんと自分で選べるんだと。
 だったらその時まで、仲良しな親友でいようと。
 その境界線だけは、はっきりと持っていた。

 ただひたすら、そこに向かって生きていけた。


 ───けれど、そういう事ほど上手くはいかないのだと思い知った。


 親の転勤、引っ越し、伴う転校。
 「親友」は県を越え、すぐに会えない距離に行ってしまったのだ。
 残ることなど出来ない年齢で、当たり前のように決まったそれは、俺らにとっての最大の絶望だった。


 連絡取り合えば、とは言うけれど。
 当時まだ携帯を持たされていなかった親友は、俺の携帯番号をメモした紙を大事に握りしめて、泣いた。
 まったく連絡すら取り合えないわけじゃないのは分かっていた。
 しかしその後も不運というか、そういう事は続くもので、携帯が壊れて登録していた連絡先が無くなった。
 高校二年の時で、それは目に見えて落ち込んでいて、生気がないと正樹に心配されたくらいだ。


『───社会人になったらこっちに帰ってくる。その時まで頑張るから、啓介、忘れないで』



 忘れるものか。忘れるものか。
 俺はお前以外の恋人など必要ない。


 その時はただ耐えるしかなかった。
 新しい携帯だって、持っていても意味を為さないただの機械に思えた。



 正樹は俺と親友がお互いに好きだと知っている。
 高校での落ち込み具合にかなり心配させてしまったから、相談がてら不安を抱えながらも話をした。
 正樹は意外そうにはしたものの、気持ちが繋がっているなら大丈夫だと、柔らかな声で言った。
 決して報われない片想いを必死に忘れようとしていた正樹の言葉は、重くて、優しかった。


 そんな正樹の支えもあって時は過ぎて、そして26になって、中学の同窓会ハガキがきた───。





「おめでとう、正樹。本当に、よかったな」
「……うん、ありがとう。啓介もね」
「おう」



 連休が終わってからの週末に、正樹から連絡が来たときはその内容に興奮が含まれていることを感じた。
 時間を合わせてよく来る小さな居酒屋で正樹の姿を見たとき、すっきりしたような夢現のような、複雑だなと思ったが。


 思い出しては照れを繰り返しながら話してくれた、同窓会から連休中の出来事は、あまりにスピーディーながら、あまりに純粋で、聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらいなものだった。



「ごめんね、週末なのに付き合わせて。三坂と会うんでしょ?」
「あぁ、気にすんなよ。気になってたから、いい報告が聞けて良かったし、お前が幸せそうだから」
「……そんなに分かりやすい?」
「かなり分かりやすい」



 言い切ると正樹は小さく奇声を上げて、テーブルにぶつける勢いで頭を伏せた。
 分かりやすい、と言っても、互いに色々な悩みを知っていて、色々な表情を見てきたからだ。他のヤツでは見分けはつかないだろう。



「それに、大和も気にしてたし」
「三坂が…?なんで」
「同士だからじゃねえ?」
「……えー、と…」
「類は友を呼ぶって言うか、な」
「ああ…うん……、複雑な感じ」



 同性のカップルがこうも身近に集まっていると、何だか今までの悩みも悩みじゃなくなってくるような気がする。




 まあ、そもそも誰が誰を好きで誰と付き合うとか、他人に指図される謂れはないがな。結局それは、常識という広大な偏見と、繁栄という暗黙の束縛が生み出したものだ。
 生まれた時から、生まれる前から、植え付けられている役割。
 まあ、そんな面倒くさいことを考えたって仕方ない。


 とにかく、自分の人生の伴侶くらい、自分の好きにさせてもらおうじゃないか。
 非生産的と言われようが、どうせ死ねば終わりなんだ。誰かに決められる人生なんか、人生ではない。それは奴隷と変わらない。
 俺たちは、愛する人と共に生きて、そいつだけを愛して、そして死ぬんだ。
 誰がどう思おうと、その人が好きだという気持ちを否定される筋合いはないね。
 干渉してくる方が時間のムダ、馬鹿馬鹿しいだろ、完璧ではない人間が、人生の説教など。



「───今度は、四人でどっか行くか」
「良いね、楽しそう」



 夜の九時を過ぎた頃、互いに互いの恋人からの連絡を受けて解散することになった。
 駅前で別れて携帯を取り出し、リダイアル。



「大和?どこにいんの」
『東口のファミマー』
「わかった」



 駅の反対側かよ、と思いながらも、会うことの喜びの方が大きい。
 足早に構内を抜けて、すみにあるコンビニへと向かった。



 これからの人生が、今までよりも間違いなく楽しくなっていくと、俺は信じて疑わないだろう。
 幸運とは、そうやって自分で持ってくるものだ。


fin. 

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