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中編
◆こんにちは、両想い。
 

 ずっと一人で泣いていた。
 毎日ではなかったが、時折襲ってくる切なさに耐えきれず、なぜ好きになってしまったのかと悔やみ、ただ声も出さずに泣いた。
 暗い部屋で、布団の中で、夜になるといつもそうだった。
 なぜ異性ではなかったのだろう。
 同性を想うという事実が、親を悲しませるであろう事実が、中学生という幼さには酷く重圧だった。


 平日は毎日のように彼を見る。
 その度に苦しくなって、でも、明るいその姿に元気を貰って、目が合うと慌てて反らして、そのやりとりを思い出してはにかむ事もあった。


 でも、それは続かない。
 想っているだけでは、何も変わらない。ただ内側で想いだけが溜まって、吐き出せない苦しさを紛らわすように泣いた。
 泣くしかなかった。


 だって、この想いを打ち明けてしまったら。伝えてしまったら、幼さ故の勢いで話が広まってしまうかもしれないからだ。
 誰かが聞いてしまうかもしれないからだ。
 どこから出てくるか分からないその噂は、広がるのが早い。

 そして周りが、好奇の目に、からかいに、異端を見る目に変わるのだ。


 あいつは男なのに男が好きなのだ。
 ホモだ、キモチワルイ。
 ずっと見てたのもそれだったんだ、ストーカーみたい。
 キモチワルイ、ヘンタイ、ホモ、近寄るな、ホモが移る───。



 色んな事を想像した。
 言われることを予想するのは難しくないからだ。
 彼らに悪気などない。わざとではない。
 彼らにとってネタでしかない。

 しかし俺はそれを跳ね返すだけの力がない。


 怖かった。ただ怖かったのだ。
 弱い自分。周りを気にする自分。
 だからこそ、結局想いなどその程度なのだ、きっとそれならすぐに忘れられると前向きに捉えた。
 卒業までの辛抱だ。卒業までは、想っているだけなら、構わないだろう。


 あえて高校を遠い場所にしたのは、それも理由だった。
 そうしなければいけないと思った。
 自分は異常だ。だから戻さないといけない。


 高校、大学に入って、必死に追いやった。思い出さないように詰め込んだ。


 でも、結局、忘れてなどいなかった。想いは消えてなどいなかった。
 長続きしなかった彼女たちには悪いことをした。違和感があったのだ。なにか、違う。彼女ではないと。


 無意識に求め続けていた。
 たったひとりの人間を。








 だから。



「片想いは終わり。───俺の恋人になってくれ」

「───…」



 頬に添えられた手は温かい。
 見つめる瞳は揺るぎなく、真っ直ぐに射抜いてくる。


 十年前の卒業式の日、満開の桜の下で、俺は彼を忘れようと決めた。
 包み込むように、冷たく突き放すように、矛盾する両方を持ったあの木が好きだった。


 けれど別れを告げた片想いに、また、出会ってしまった。
 忘れられなかったそれ。消えなかったそれに、苦笑いするしかないだろう。


 またお前か、と。



 だけど今は、昔のように、諦めなくていいんだ。
 形を変え、色を変え、深さを増して、いまここにいる。



 ゆっくり目を閉じて、思い出す。
 あの時とは違うけれど、やっぱり今回もさよならしよう。
 もう二度と出会うことのない片想いに。



 目を開いて見えた彼の顔の真剣さに、叶わないと思っていた幸福に、照れを隠すように笑った。





「───喜んで」



 こんにちは、そして、はじめまして両想い。



 俺はその時見た彼の表情を、きっと一生忘れない。





fin.

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